それでも生きていく為に・・・

音楽、料理、小説、時々、創価学会

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あれは魔だったのか? 果たして


 先日、玄関の靴箱を整理していたらすっかり履かなくなった革靴が見つかった。といっても履いた期間はとても短いながらも思い出深い靴だ。
その靴はポールスミスの黒のローファーで金具がついている。そこそこ値段はしたと思う。仕事以外では余程の事がない限りではプライベートでは履かなかったが、すぐに出番が来てしまった。

当時の事である。夜に題目を上げていたら幹部から電話がかかってきた。電話の内容は、(当時)ある役職で頑張っていることへの激励とこのまま更に頑張って欲しいという内容だった。ただ、別に突然電話で改まって敢えて言う内容でもないし、常に連携を取っているし、ちょっと違和感を感じた。電話の最後の彼は突然こう言った。

「全然関係ないけど、〇〇ちゃん(僕)は先生とお会いしたことある?」

「いや、ないです」
「・・・・・・じゃあ、部員さん含めて皆が先生にお会いできる様な闘いの指揮を今後お願いしますね」
「は、はい」

あらっ? もしかして・・・・・・引き続き題目を上げて、終了してご本尊を閉めた途端にまた同じ幹部からまた電話がかかってきたのだ。

「・・・・・・・という訳で、本部幹部会の出席が決まりました!!」

ええええええっ!!!! マジでぇ~~~~!!! 

気絶しそうになった。心を落ち着かせてから再び半泣き状態で題目を上げたのを覚えている。


 数日後にとうとう買ってまもないそのローファーの出番である。
午前中のそこそこ早い時間だったと思うが、JRの某駅の近くで代表者数名で待ち合わせたていた。僕は近くにある私鉄の駅から歩いてその駅へ向かおうとしていたが、地上に出てから何かが足元でカチャカチャという音がしていたのだ。何だろう? ん? 思わず足元を見て固まってしまった。

そう、買ったばかりのローファーの金具の靴との接着部分の片方がとれて金具がプラプラと揺れている音だったのだ。

うそぉぉぉ~~~~ん。

家出るときにはちゃんとしていたのに~いつの間にぃ~

凍りついた。そして瞬時にあらゆる事が脳裏を掠めた。自分を落ち着かせて頭の中で整理すると、

①こんな靴で先生にはお会いできない。

②でもこんな朝に靴屋は開いてないし、見渡す限り靴屋さえない。

③どうする? 俺

④修理しなければならない。金具をとめなければいけない。 

⑤接着剤? テープ?

という訳で待ち合わせ時間が刻々と迫る中、近くのコンビニに飛び込みある物を買ったのだった。

そう、ガムテープ!!

カチャカチャという音を気にし、周りに気付かれない様にしながら、初めて合うメンバーに挨拶をし、移動。そこからメイン会場に隣接する施設に移動し、その後、時間があったので食事をすることになった。

初めて会いながらも歳が近いせいで意気投合した他地域の同じ役職のメンバー数名で、施設のテラスのテーブルで食事をしていた。お互いの地域の情報交換、自身の信心の歩み等々、とても仲良くなった。

「さてと・・・」

「どうしたんですか?」と僕の行動に目を丸くする。
「いやぁ~、実はね・・・・・」と靴を片方脱ぎ、テーブルに置いてガムテープを取り出した。事の経緯を説明すると皆驚きながらも爆笑していた。
「そうなんだよ~、買ったばかりだぜ。魔かなぁ?」
「そんなことあるんですね」と彼らは笑っていた。

そう言いながらテーブルの上で靴を裏返しにし、ガムテープで裏側から念入りに金具を止めたのだった。

先生とこれからお会いするというのに、俺は一体何をやってるんだ!!(泣)

しばらくしてからその場でぴょんぴょんと跳ねてみる。「どう?」
「完璧です。ちゃんと着いてますし、全く分かりません」

そこにいる全員が先生と初めてお会いするのだが、一人が笑って言った。

「僕、一生忘れないと思いますよ。先生と初めてお会いした時に一緒にいたメンバーの靴がその日にいきなり壊れて、その場でガムテープで補強していたのを」


 結局、あの靴はあの日以来履いていない。新品同然の靴がすぐに壊れるなんて初めての経験だった。あれはだったのだろうか? 果たして。

先日、靴箱から取り出したその懐かしい靴を見て、何か感慨深いものを感じた。命は短かったけど、使命ある靴だったのだ。しかし、肝心な時に壊れるなんて。その部分に関しては僕の信心そのものである。ダメだなぁ~、嗚呼。

不況の中の信心


 ご家族全員が幹部をやっている一家がある。

そこの長男のAさんは男子部の幹部で一緒に闘っている。彼の父親(もちろん幹部)の会社で働いているが、最近、この不況の中で事業が破綻したらしい。詳しい事は分からない。業種だけ知っているだけで具体的にどんな仕事をしているかは知らなかった。
今年になってその幹部Aがよく会合で「私も現在、宿命の嵐の中で○○を決意し、○○まで○○の結果を出そうと闘っております。・・・今程、先生の指導を心から求め、吸収しようと貪っている自分はありません!!」とよく言っていた。その頃はまだ会社の行く末がはっきりしていなかったのだろう。

先日部長会があり、AとAよりも上の幹部が来てその辺りのことを話してくれた。Aの家族全員が幹部の為、色々と噂話も含めた話が組織内で流布され始めた辺りだったので事実をしっかり伝える為だった様だ。事業は既に破綻し、他の仕事(分からないが繋ぎだろう)をしながら転職活動中の様である。

その話を聞いていて思ったのが、

すげぇ!! 先生と一緒じゃん! である。

信心が真っ直ぐで純粋だからこそ現れた難であり、Aの人となり、性格を見れば、その難を乗り越え、更に信心を深め、大勝利した姿で活動報告を近いうちにしているであろう光景を簡単に想像出来てしまった。そしてその日から彼の為にしっかりと題目を上げていこうと決意した。

しかし、組織というのは面白いもので、家族全員が幹部をやっていると、(一部の方は)『あれだけ頑張っていたのにねぇ~』みたいな話を影でするのが好きである。また、男子部の若いメンバーの中には、組織で陣頭指揮を取り信心を語っているそのAに対してある種の不信を抱く人もいるかもしれない。“信心頑張っていて・・・会社潰れちゃうんですか?” みたいに。でも、そうじゃないんだ。

 
兄弟抄 1083P

『各各(おのおの)随分に法華経を信ぜられつるゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし』

(あなたがたは強盛に信心をしてきたので、過去世の罪が責め出されてきたのである。鉄を念入りに鍛えれば内部の疵《きず》が表面に《宿業として》出てきている様なものである。)


表面的に見れば、信心してようとなかろうと、幸福と不幸の数なんて大して変わりないのかもしれない。大事なのは、それらをどう捉えるかであり、不幸な境遇の中にあってどう向き合っているか、どう行動しているかである。観点を敢えて変えると、学会は幸福な人を沢山作ってきたというよりは不幸な人を沢山救ってきたのだ。妙法は蘇生の義なり、である。

これまでの長い間、いつもAとコンビで組織で闘ってきた幹部B(30歳そこそこ)がいる。
BはAのすぐ下の役職である。いわゆる“副”である。その部長会の当日に発表があったが、Bは勤めている数千人程いる会社の中で最年少で課長への昇格が決まったらしい。

AとBのその姿こそ学会そのものである。信心そのものである。同じタイミングでAは失職し、Bは昇格する。そしてどちらも福運なのである。それぞれにとっては信心を深め、宿命転換する為に必要な事象なのである。


 最近よく耳にする(壮・婦を含めた)幹部の「ここだけの話だけど・・・こう元気そうに見えるけど、今までになかった位な問題を抱えてて・・・」という話である。不況の嵐は想像を絶する様である。
「でもね・・・」と言う。「こういう時だからこそ“法華経の兵法”なのよ。先生の為・・・それだけなのよ」

最近、先生の指導に微妙な変化を感じるのは僕だけだろうか。大不況の中でもがき苦しむ会員に向けて慈愛に満ちた指導が多い。先生はよく言う。 「なんでも祈っていいんだよ」と。


 先日の会合で全国幹部がこんなご時世にあっての信心の姿勢の話をしてくれた。

①御書と先生の指導を日々、研鑽する。そして大事なのは、その中のどれか自分に響いた事を、どんな小さな事でも構わない、日々、実践していこう。「今日はこれをやってみよう」 「今日はこれを挑戦していこう」と。

②闘っている人が幸福である。闘っている人時が幸福である。

③ご本尊の前だけは、確信ある姿であるか? ご本尊の前で揺らいでいないか。

苦難や困難の中にあってため息ばかりかもしれない。仕事、家庭、嫌な事ばかりかもしれない。悩み、夜も眠れないかもしれない。活動に疲れてしまうかもしれない。しかしだ、ご本尊の前だけでは確信ある姿、「絶対大丈夫だ! 勝ち越えてみせる!」という揺らがない確信に満ちた姿でいれるかどうか、それが大事なのである。


 Aが大勝利する様、ただただ祈るばかりである。頑張れ!!

仏壇と入信記念日

 ふと思い出したが、一昨日は入信記念日である。11月17日・・・翌日の11月18日が創立記念日なのでどうしても18日と勘違いしてしまう。確か平成8年の11月17日は日曜で入会記念勤行会があったからである。

 一昨日で丁度入信12年になった。早いものである。

 実は2年前(入信10年目の時)にちょっとした体験があった。部長になって一年経った頃で、部は折伏の結果もまだ出ていなかった時だった。折伏戦バリバリだったから結構詰められ、色んな幹部が僕の部の担当に入っていた。
10月の人材グループの面接の際に幹部から部の状況を聞かれ、「いや、まだ結果が出てません」と答えると、「生まれ変わった気持ちでやらないとヤバイよ」と言われた。何故か腹立って“コノヤロー、やってやるよ”と火がつき、毎日一時間題目を欠かさず始め、バリバリ対話に行き、部員周りも毎日の様に狂った様にやった。題目を上げて動くと全てが良い方向に回転し始め、ある日などは、めったに会えない部員さんを5名程周り、不在だったが、終わって拠点の前で幹部と1時間程立ち話をしている間にその場所を偶然にもその5名全員が順番に通り、じっくり対話出来た、ということもあった。

また、(当時の)副部長のA君が急に発心し、明日一人で対話に行ってきます! と言ったので、翌日の会館で、A君が対話している時間帯に皆で題目を上げていたが、僕は途中で鈴を鳴らして勝手に終了させた。
僕は後ろの皆に言った。「決まりましたよ、A君」
「えっ? 何? (メールで)連絡入ったの?」
「いえ、何も。でも・・・もう決まりましたので大丈夫です」
皆、訳の分からない顔をしていたが、僕にははっきりと折伏が決まったことは分かっていた。案の定しばらくしてA君から連絡が入り「決まりました!」と嬉しい報告をしてくれた。実は、相手の方が「やるよ」と首を縦に振ったのが丁度僕が鈴を鳴らした時間だった。折伏戦の最後の締め日にご本尊送りをした。

そんな一ヶ月の闘いを経た本部幹部会の衛星中継では、アメリカSGIの芸術部のメンバーが来日し、先生の為に日本語で合唱を行った。それを見てボロボロと号泣してしまった。


 翌月の(つまり今から二年前の)11月18日に特装ご本尊をいただける、という話になった。特装ご本尊とは、布地で普通のご本尊よりも大きい。
実は家の仏壇は死んだ母親が残したもので、平成8年の11月17日に入会するまでの20年間、日達時代のご本尊を御安置していた。入会時に日寛上人のご本尊に取り替えたのだが、日寛上人のご本尊は大きく、中扉が閉まらなかった。よって新しく頂く予定の特装ご本尊は更に大きいので、完璧に仏壇を買い替えなくてはならない。しかし、母親の形見のその仏壇を捨てるのは寂しく、どうしようか悩んでいた。“まあ、ご本尊の功力は一緒だから、特装ご本尊を頂くの辞退しようかな”と思っていた。また、どうせ仏壇を買い替えるならちゃんと高い物にしようと考えていたが、その時はあまり金銭的余裕もなかった。

二日前の11月16日に拠点で地区婦人部長とそんな内容の立ち話をしていた。
「・・・という訳で・・・明後日、特装ご本尊を頂くの辞めようと思っているんです」と。
少し離れた所で誰かと話していた隣の地区部長がその会話を聞いていたのか、僕の所にスタスタやって来てこう言った。
「今日の昼間に○○町のリサイクルショップにふらりと行ったら、学会の仏壇あったよ」
「えっ? マジっすか?」
「明日、、もう一度見てきてあげるよ」
でも、僕はそれほど本気にはしていなかったし、所詮は立ち話で軽いノリの会話と思っていた。特装ご本尊は半ば諦めていた。

翌日の11月17日、つまり丁度入信10年目である。会社から帰るとその地区部長から電話があった。
「○○君(僕)、今、もう自宅にいる?」
「はい」
「あのさぁ、昨日言ってた仏壇だけど・・・今日もう一度行ってきたらまだ店にあったから・・・車で行って買ってきちゃったよ」
「えっ? ホントですか?」と正直引いてしまった。
「そう、もう買って車に積んで○○君(僕)の家の前にいるよ」
「ええええええええっ!!!」
感謝である。本当にありがたかった。仏壇を見てみると、とても大きくて立派で全自動である。
「幾らでした? 金額」
「えーっと・・・4900円ね」
よんせんきゅうひゃくえん!!!」と僕は驚いてしまった。
全く傷のない新品同然で、普通に買ったら30万円はする代物である。それで前日に急遽、特装ご本尊を頂けることになった

入信丁度10年の11月17日に古いご本尊を取り外し、翌日の18日の創立記念日に新しい特装ご本尊を新しい仏壇に御安置した、というのは何か意味があるのだろう。感慨深かった。

題目を上げ、行動し、勇気を持って語り、先生と呼吸を合わせると本当に思ってもみない功徳があるのだと感じた。

という訳で、思い出したので今日は書いてみました。

祈りと、結果の関係

僕の部のメンバーのA君の(離れた実家に住む)お母様の頭部に腫瘍が見つかったのが数ヶ月前だった。あるきっかけで病院に行った際に腫瘍が見つかり、幸いにも早期発見だったので大したことはなさそうである。本人は薬でなんとかしようとしたかったらしいが、検査が進むにつれて後々のことを考えて医師は摘出手術を勧めた。

お母様は普通に日常生活を送れるし、バリバリ学会活動をし、ガンガン題目をあげている。開頭手術をなんとか避けようと祈ていたが、結局は近いうちに手術が決まった。A君は(仕事の都合もあって)手術前に実家に帰り、お母様に激励してくるという。

そんな折に部活でA君は幹部に上記の状況を話し、幹部に決意してこう言う。

「手術が成功する様に・・・実家に帰った時に、一度仏法対話しようと思っていた先輩に学会宣言をして対話してきます! それと旧友に沢山会ってFを取ってきます!」

まあ、ここまでは学会ではよくある光景である。むしろ素晴らしいことだ。自分の悩み、家族のこと、病気や仕事のこと等の問題解決の為に結果を出す、という決意だ。

しかし、幹部は言う。
「それは素晴らしくて大事なことだ。でも・・・思うんだけど・・・率直にどうしてそういう決意をしたのかな?」

A君はしばらく黙り込む。こういう切り返しはあまり経験がないのだろう。僕もあまりない。A君は考えながら答える。
「それは・・・行動して結果を出せば、手術がうまく成功すると思うからです」

幹部は若干首を傾げる。
「どうしてかな? つまりね・・・行動して広布の結果を出せば祈っていることが確実性を増す、という考えだよね? まあ、それは大切だよ。でもね・・・結果云々ではなくて・・・素直にご本尊に『大事な母親にもっともっと長生きして欲しいんです・・・だから手術が成功します!』って小さい子供が親にオモチャをねだる様にストレートに祈ればいいだけのことじゃない?」

幹部は続ける。
「結果を出すから、あるいは出したから祈りが叶う、叶わない、という問題じゃないんだよ。小さい子供が親にオモチャをねだる時に家庭の経済状況とか、これだけお手伝いをしたから買ってくれるかな? とかをいちいち考えるかな? ただただストレートにお願いするだけでいいんですよ」

結構深い指導である。特に男子部ではこの様な領域に踏み込んだ指導はあまりない。

『今こういう悩みがあるからこそ、今のこういう学会の闘いを勝利する、この戦いに賭ける』というステレオタイプ的な発想に一石を投じた指導だ。

こうも言えるのではないか。つまり、結果を出さないとご本尊が祈りをかなえてくれないのではないか、という意識である。それは結局はご本尊不信である、とも言える。広布の為の行動には功徳があるが、それを自分の祈りに補てんする意識だ。けれどもこれは見方によってはご本尊に条件をつけているのではないか。

僕はブログでも部員さんにも『期限を決めて祈れ』という。しかし、戸田先生は激昂して否定する。「ご本尊様に条件なんてつけるな! 失礼だ!」と。「期限を決め祈るというのがどうなのか?」とある婦人部が質問した際の答えである。『どうか、いつまで○○をしてください。お願いします』と『いつまで○○をこうします』との違いな訳だけれど、勘違いしている人が多いのではないか。

A君の件について言えば、結果を出せば祈りが叶う確実性が増すだろう、という思惑があるのも事実だろう。しかし、それよりも『手術が成功する』というストレートな強い祈り(一念)をもっとするべきだし、(自分には気づかない)祈りの弱さと足りなさを行動と結果で補おうという意識があると思う。僕だってそういう傾向が無い訳ではない。

人材育成

 ある作家の短編の中で、登場人物の中年の女性が若い男性に“女性とうまく付き合う方法”を三つ指南している場面がある。ガールフレンドとの仲が発展途上の男性にアドバイスするシーンである。女性曰く。

「黙って話を聞いてあげること」
「着ている服を褒めてあげること」
「出来るだけ美味しいものを食べさせてあげること」である。

なかなか薀蓄のある味わい深い場面であった。ひとつの見方としては面白い。この話を友達の女の子と話したら「う~ん、でもね、わたしは黙って聞いてくれるよりは、時折相槌なんか打って欲しいな」と言う。まあ、人それぞれだろう。

この文章を読んで、僕が(女性に対して) “そーか、そうしてみよう”なんて学習したとかそういうレベルではなく、物凄く示唆に富んだ内容だったので頭に残っているというだけの話である。そもそもフィクションの世界なのだから。


 最近、ヤング男子部本部長のA君が熱い。熱すぎる。任命を受けて2ヶ月ほどだが、ここ数年停滞していた本部ヤング男子部を盛り上げ様と徹底的に家庭訪問している。
名簿を持ちながらラインの部長(僕ら)やヤング部長(支部責任者)と一緒に時間があれば家庭訪問し、部長やヤング部長が「あの人会えないよ」とか「厳しいよ」と言っても関係なく回ってくれている。使命に燃え、一人でも活動家を増やそうと行動しているA君に僕らも勇気づけられている。まさに『一人立つ精神』だ。
彼のやり方は見事だ。家庭訪問→会えたメンバーと仲良くなる→自分の家(一人暮らし)に呼ぶ→話をじっくりし、悩みなどを聞く→先生の指導を一緒に学びながら、一緒に勤行をする、である。実際に数名のメンバーが会合に出る様になった。脱帽である。

それでも部員さんのことや人材育成という点で色々と悩んでいるA君が参加する会合で、僕は冒頭の“女性とうまく付き合う三つの方法”の話をした。

「これはあくまで女性に対する内容だけど、一般社会でも学会活動でも言えることじゃないかな? 未活動の部員さんに対しては、会合に来させるとか、こちら側から一方的に信心の凄さを伝えるのではなく、まずは『黙って話を聞いてあげること』、つまり学会や組織や信心に対しての相手の思いや悩みを黙って聞いてあげること、そして「着ている服を褒めてあげること」、つまり相手の良い部分を見つけて褒めてあげること。そして「美味しいものを食べさせてあげること」、つまりお茶でもいい、飲みでもいい、玄関越しの対話からじっくり腰を据えて膝を突き合わせた対話に発展させること、だと思うな」


 池田先生が第一部隊隊長だった頃の部員増の戦いもそれであった。
社会的にもあまり裕福でもなく、会社や社会でもあまり目立たない若いメンバー、もっといえばうだつの上がらないメンバーに対して、先生は信心の深い細かい話は一切なしで最初は徹底的に激励した。それは食べ物の激励だった。とにかく美味いものをどんどん食べさせた。そこで色んな話を部員さんから聞いた。組織や信心に対する疑問や人生に対する悩みでなどもあっただろう。先生は「君達は仏子なんだ。使命があるんだ」と激励した。


そして今度は「一緒に折伏しに行こう!」と先生は言った。「とにかくついて来なさい。 僕が『そうだよね? その通りだよね?』と君に言うから、君は『はい、その通りです』とだけ言えばいいからね」
対話の場面で先生はその様にした。隣にいるメンバーに時折「そうだよね? その通りだよね?」と言い、メンバーは「はい、その通りです」と答えるのみ。その他の言葉は一切話させなかった。こうして先生はメンバーに折伏の場面を沢山見させて学ばせた。「こうやってやるんだよ」と。

次に先生は「今度は君一人で折伏に行ってきなさい」と言った。しかし、メンバーはなかなか決まらず肩を落として帰ってくる。先生はそれでも「よくやったと褒め称えた」
決まらない折伏が続くと、先生は「今度は決めようよ!」と結果に執着させた。それからメンバーは次第に個人折伏を決めていった。


そもそも会えないメンバーと会え、相手が色々話してくれる様になるにはどうするか。それは簡単である。題目しかない。前出のA君がとても関心する素晴らしい事を言って驚いた。

「題目上げないで部員周り(家庭訪問)するの怖いんですよね」


 学会員としては不謹慎かもしれないが山本五十六の言葉である。しかし、人材育成という観点では共鳴するものがあると思う。

「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」

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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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