それでも生きていく為に・・・

音楽、料理、小説、時々、創価学会

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題目は叶う! (体験談②)



①からの続き。

 私が死んでから、夫は自営業をやりながら3歳と7歳の子供を一人で育てる生活が始まりました。
朝は二人の朝ごはんを作り、敏弘をバイクで保育園に送り、仕事をし、4時にはまた保育園に迎えに行けなければなりません。夕方から夕ご飯を作り、お風呂に入れ、洗濯をし、二人を寝かしつけてからまた仕事です。当然、私がいた時よりも仕事を思う存分出来ません。受注・納品という仕事ではなかなか納期が遅れてしまいます。次第に注文が減り、経済的にも苦しくなっていきました。敏弘が小学生の時には水洗トイレのタンクが壊れ、直すお金もなく、家族は用を足すたびに台所からホースを引っ張ってトイレを流しました。中学生の頃はお風呂が壊れ、それ以降は銭湯通いです。
一軒家を買った、といっても借地に立つ築20年の13坪程の小さな中古の家を買っただけです。木造で雨漏りも酷く、洗面器をおあちこちに置いてもすぐに漏れてしまい、濡れた畳はカビだらけです。ネズミが繁殖し、その辺りで死んで腐敗しても家族誰も臭いに気付かない位の悪臭が家に充満しています。ワイドショーでよく取り上げられる「ごみ屋敷」みたいなものです。二層式の洗濯機の脱水槽が壊れ、真冬でも毎回手で洗濯物を絞らなければなりません。生活保護を受け、借金を重ね、心中しようと夫は寝ている息子の首を何度も絞めたこともありました。「ドライブに行こう」と息子達を山奥に連れて行き、自動車の排気ガス一家心中を何度も試みました。

こんな家にはいたくない! と隆志(長男)は高校在学中に家を飛び出し、敏弘はアルバイトをしながら自費で高校に行きました。
悪いことは重なるものです。夫は敏弘が高校一年の時に自らバイクで転倒し、体中骨折して入院。それがきっかけで自営業を廃業しました。

家にはご本尊(仏壇)はありましたが、信心が嫌いな夫は家族が入会していることを子供達には言いませんでした。誰もご本尊に手を合わせてくれません。仏壇にはホコリが一センチ程積もることもありました。常に仏壇は開けっ放し、息子達は時折掃除機をかけるのですが、なんと掃除機を直接ご本尊にかけていました。とんでもないことをしておりました。


 時が経ちます。敏弘が23歳の時に高校の友人の大塚君に仏法対話されます。彼は本来は違う人を折伏しようと祈っていたのですが、祈れば祈る程、敏弘の事が頭に出てくるのです。大塚君と家は10キロ程離れてましたが、車で通ってくれ、誠心誠意対話してくれました。敏弘は学会の事も信心の事も知りませんでした。何故ならそれまでの20年間、地元学会員の方々は、父が学会嫌いなのを知ってあまり接触しませんでしたし、何より父が隠していたのですから。

そんな時に事件は起きます。借地の大家さんが立ち退きを迫ってきました。しかし、驚いた事に立ち退き料として数千万円のお金をくれるというのです。実は夫が廃業した時点で、その大家さんは経済苦の我が家に同情してくれ、約9年間借地代を無しにしてくれました。そんな中での立ち退きですから、せいぜいそれまでの借地代を無しにして、引越し代位を出すのが相場です。でも数千万円のお金を「今まで住んでくれてありがとう」と言って我が家にくれたのです。

結局そのお金で一括でマンションを買い、借金を返しました。これもまた面白いことが起きます。大原君と長男の隆志が偶然にも同じ街に住んでおり、隆志が「どうせ家を買うなら俺の家の近くがいい」と言ったので、買ったマンションは大原君の二つ隣街でした。更にマンションのリホームの関係で一ヶ月間だけ行く所が無くなった我が家が臨時で借りたアパートは大原君と同じ駅を利用する事になりました。
距離的に近くになった大原君と敏弘はより密に会うようになり、敏弘は入会前から会合に出始めます。会合で彼は何かを気付いて言います。「ここ(会場)にある曼荼羅と同じのが家にもあるよ」と。
大原君は驚きます。学会員なのかどうかと。敏弘は言います。「多分同じのだと思う。もしかしたら母がやっていて、死んで、ただ残ってるんだと思う」と。
敏弘は私の事を知る限り話してくれました。結局は、母はやってたけど、その他家族は入会していない、という結論になり、折伏が続きました。

購入したマンションは14階建ての最上階で、鉄筋で、ちゃんと流れるトイレ、当たり前ですね、があり、追い炊きが出来るお風呂があり、晴れた日には富士山も見えます。

③へ続く。
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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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