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題目の声とマナー



 何人かで一緒に題目をあげていると、時折他人の題目が気になることがある。まあ、人それぞれみたいな部分もあるし、他人の題目にいちいち気になっていてもしょうがない。

仏壇を見ればその人の信心が分かるのは当然だが、題目でもなんとなく察することだ出来る。唖然とするのはご本尊を見ていない人、意味も無く目を瞑っている人もいる。手の位置(基本は指先は下唇とあごの中間あたり)、姿勢、そういうのは千差万別である。


 ここ数年、やけに気になるのが、題目三唱の時や普通の題目の時にやけに“妙”に力が入る人、“妙”の声だけが大きい人、アクセントが他と比べて強い人、“妙”の部分が長い人である。
(題目三唱の時ではなく)“妙”と“法”の発音時間が6:4位の人がいる。とにかく“妙”が強調される題目はクセのある題目である

他人の題目にいちいち指摘するのはどうかと思うが、酷い場合にはきちんと言う。また、普段、題目をあげてない証拠は“足の痺れ”ではない。長い時間の唱題会の途中に足をモジモジさせるのは一概に普段題目をあげていない、とは言えない。体格もあるし、家で座椅子を使っている人もいるだろう。
問題は声の“高低”だ。10分位のサイクルで息継ぎと同時に声の質(高低)がクルクル変わる人がいる。こういう人は題目に自分の声が慣れていないのだ。家でしっかり題目をあげている人は、長い時間題目をあげる時の一番しっくりくる声をきちんと身に付けている。先生の指導にも“生活に顕れるよ”との指摘がある。実際にそういう人を見てみるとまさしくそうである。


 あと、なんと言っても題目中に携帯をいじる人やメールを打つ人である。偉い幹部や忙しい幹部はまめに連絡が入るのはしょうがないが、題目中に携帯を触る人はどうかと思う。であるなら、中座してからメールなり電話をするべきである。特に導師でそれをやるというのは参加者に失礼である。長時間の唱題会ならまだしも普通の会合の冒頭の勤行→題目はせいぜい10分位だろう。その時間さえも待てないのだろうか。

あとは、導師も含めて電話に出ちゃう人もいる。更に普通の声の大きさで会話しちゃう人がいる。僕は必ず“部屋を出て話しなさい(してください)”と目で合図する。
あと面白いのが、どうしても電話に出なくてはならない場合に誰かが小声で会話し始めると、普通は周りは一斉に題目の音量を下げる。実は、こういうマナーみたいなものって昔の人は知っていたけど、最近の若い男子部は知らない。そんなの構わずに周りはガンガンに題目をあげている。まあ、電話に出るのもどうかと思うが、会話し易い様に周りが声を小さくしてあげる気遣いみたいのが昨今無くなったなぁ~(笑)


 先ほど書いた、他人の“妙”が強い(長い)クセのある題目が気になる、ということについて言えば、そう感じていた矢先に幹部からこんな話を聞いた。
最近、先生はその“妙”が強い、長い、大きい題目をあげる女子部幹部をかなり厳しくメチャクチャ叱責したらしいのだ。彼女(達?)は早速、自分の題目を録音してチェックしたということである。 


 今一度、僕らも自分の題目を録音して総点検するべきだろう。まあ、一念(心)が大事なのは言うまでもないけどね。
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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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