それでも生きていく為に・・・

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哀しい雨


 「あっ!! 〇〇ぴーだ!」

元気のよい声が聞こえる。〇〇ぴーとは僕のことだ。僕の苗字を文字ってつけられたあだ名だった。
僕が会館に入るとロビーで遊んでいる里奈ちゃん(仮名・小学2年生)が駆け寄ってきて「じゃんけんしよっ!」と言う。ショートカットが似合うチャーミングな子である。

「さいしょはぐー、じゃんけんぽん・・・」

自分が勝つととても喜び、負けるとほっぺを膨らませて「もう一度・・・」と挑戦してくる。自分が勝つまでやめてくれない。ある時などは彼女は「さいしょはぐー・・・」と言ってパーを出す。当然僕はぐーを出している。彼女はイヒヒと笑う。

さて、僕だって負けてられない。 「さいしょはぐー」

僕はチョキを出す。里奈ちゃんはパーだ。「〇〇ぴー、ずるぅいい~」

近くにいたパパ(仮名・高野さん)が近寄ってきて一人娘の里奈ちゃんに向かって言う。

「里奈、こんなずるい大人になっちゃダメだよ」

近くではママがニコニコしながら僕らを見守っている。


 こんな光景がここ数年よくあった。里奈ちゃんとは“じゃんけん友達”だ。パパとは以前同じ本部だったが、その時はあまり接点がなかったが、彼が家族で隣の本部に引越し、僕の大学校の団長時代のある大学校生(河合君)と高野さんが同じ組織、同じマンションだったせいもあり、河合君の折伏の闘いを通して僕も高野さんと仲良くなった。河合君は入信まもなかったので高野さんを兄の様に慕い、お互い家族ぐるみの付き合いをし、信心を端から端まで教わった。

高野さんは昔やんちゃをやっていたのか剃りこみの跡があり、男気があり、“てやんでぇ~べらもうめぇ~”みたいなタイプだ。彼も奥さんも里奈ちゃんも家族全員、何故か僕のことを「○○ぴー」と呼ぶ。会館でばったり会うと、気付くと彼とは肩を組みながら話している。ざっくばらんな性格で大好きなメンバーだ。


 大雨が降る先日の事である。会館に着くとロビーでは彼の奥さんが一人でぽつんと立っていた。「あっ、○○ぴーだ」と元気よく笑顔で声を掛けてくれた。そして彼女は静かに頭を下げた。僕は深く頭を下げるだけで何も言えなかった。
会場に入ると溢れんばかりの人達が皆でゆっくりとゆっくりと題目をあげている。あちこちからすすり泣く声が聞こえる。

ロビーでは里奈ちゃんが組織の女子部員の胸の中でずっとずっとわんわんと泣いていた。しばらくの間、僕は呆然としながらそんな彼女を遠くから眺めていた。

「里奈ちゃん」と僕はやっと声を掛ける事が出来た。
彼女は涙でクシャクシャになった顔をちらりと上げ、「○○ぴー」と消える様な声で僕に向かって言った。
彼女の頭を撫でながら僕は言った。「今度またじゃんけんしようね」 
僕が彼女に掛けられる唯一の言葉だった。小学二年生の女の子に一体どんな言葉を言えばいいのだ。
彼女は小さく肯いた。「うん」 ほんの少しだけ笑顔だった。

会場から殆ど人がいなくなると、会場の真ん中にはぽつんと河合君が肩を落として座っていた。目に涙を溜めて黙ったままじっとご本尊を見つめていた。僕は彼に近寄り、肩をポンとだけ叩いて、黙って会場を後にした。


 会館の外では一層雨が激しさを増していた。バチバチと地面が悲鳴を上げているみたいだった。そして誰かの、多くの人の怒りさえ代弁しているみたいだった。

高野さんがその二日前の朝に亡くなった。まだ34歳だった。
以前から胸の痛みを訴えていた高野さんは二日前、やっとのことで病院に行こうと思い、病院に行く日の朝に自宅のトイレで急に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。あまりにも突然だった。役職は地区幹部だったが、これまで20世帯近い折伏を決めていたのだ。


“病弱な奥さんと、まだ小学二年生の娘を残して、高野さん、アンタ一体何やってるんだよ!”

 ヘルメットを被り、原付に乗って哀しい雨の中を疾走しながら、やっと僕は声を上げて泣くことが出来た。

そう、叩きつける雨とその雨音は泣くには充分過ぎる位だったのだ。
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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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