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アムウェイと創価学会 (最後)

アムウェイと創価学会(最後)


 そして一年近くが経った。高原がある日、ため息をついて電話をかけてきたのだ。数日後、高原の家に行くと(結婚して奥さんになった)美恵子さんと高原が詳しい話をしてくれた。

木村はしばらくは頑張って働いていたらしい。しかし、自分の時間を大事にしたいからとか言って、規定の労働時間を越えて働くことにしばしば異を唱えだしたという。翌日の仕込みが沢山残っていても、営業時間を終えて調理場を片つけるとさっさと帰ってしまったり、挙句の果てには、遅刻欠勤が目立つ様になった。

で、木村は高原にはっきりとこう言ったらしい。

「この店にいても先が見えている。自分にとって役立たないし、将来のためにもならない。だから辞める」

更に木村はこうも言った。
「辞めるにあたって、この会社で社員として有給休暇がなかった。僕が働いた年月で計算すると15万になる。それを支払って欲しい。」

高原に言わせるとこうだ。週休二日で、更に暇な日や人手が多い日は木村を休ませていたらしい。余裕があれば昼や夕方で上がらせてあげることもしばしあった。そういうのが有給にあたるとこちらも向こうも認識していた。ボーナスも出したし、正直言ってこういうサービス業で、料理の世界で、なんといっても木村のスキルにしては破格の給料を上げていたと思う。
僕もそういう世界にいた人間として、高原の言い分はごくまっとうだ、と思った。


僕は高原に言った。「あんな奴紹介して悪かったな」
「いやいや、当時は本当に人手がいなくてね。木村君はしばらく頑張ってくれたし、むしろあの時の店を救ってくれたんだから、紹介してくれたオマエにも感謝しているよ」

最後に木村は高原にこうも言ったのだ。
「払ってもらわなかったら裁判起こしますよ・・・・・・裁判


「裁判だって?」と僕は驚いて高原に言った。
「そう・・・・・・裁判起こすってさ」
「起こすわけないじゃないか。」
「・・・・・・そんなこと分かってるよ」と高原は複雑な笑みを浮かべた。


 一ヵ月後に突然木村から僕に来たのは電話ではなく、こんな短いメールのみだった。

『こんばんは。お元気ですか。実は訳あって「たかちゃん」を辞めることになりました。一年五ヶ月の短い期間でしたが、職場を紹介してくれたHさん(僕)には感謝してます。ありがとうございました。では』

彼が辞めるにあたって起きた諸問題を実は僕が知っているとは彼はきっと知らないのだろう。僕は行き場のない深いため息をついた。


 あれから数年が経つ。木村と最後に会ったのは、僕がブチ切れた居酒屋だった。
振り返ってみれば、結局は僕も木村も似たり寄ったりだったのかもしれない。当時は全く学会活動はしていなかったし、祈ってもいなかった。ただ、木村という人間に同情しつつ、ある種救いたいと思いながらも、どこかでアムウェイを通して相手に食い込み、安易に折伏できればいいと、思った僕の浅はかでいやらしい心情があったのだ。同じく木村も学会を通して僕に食い込み、アムウェイをやらせたいという思いも明らかにあった。ここまでいくとただの“バーター取引き”だ。醜い。後悔している。むしろ木村の方が純真だったのかもしれない。愚かなのは自分のほうだった。しかし僕が彼に徹底的に仏法対話しなかった理由に、コイツを入れさせたら学会内の人脈を利用して絶対アムウェイをやるだろうな、という確信だった。それは防がなくてはならなかった。

“受けたは忘れず、かけたは流す”これが僕のささやかな心情である。
しかし、就職先を紹介してもらいながらも、木村の僕の友人の高原に対する理不尽な言動と、僕に対して無自覚な仕打ちをしたことに、怒りよりも哀れさを感じる。僕と高原の関係に影響がなかったとは言えない。木村を通して僕らの間に見えない傷が出来てしまったことは事実だ。

よかったことといえば、木村との件を通して、こういう類の話(勧誘とか折伏とか)を客観的にみることが出来ることだった。アムウェイはもう関係ないにしても、学会とアムウェイを重ねることによって、僕らが人間として根本的に忘れてはいけないことを学ぶことが出来た。そしてそれはその後の信仰生活に大きく生かされていると(少なからず)確信している。

 村上春樹の短編に『沈黙』というのがある。学校でのいじめを題材にしていて、近年では教科書にも収められている。最後にこんな文章がある。

『彼らは自分が何か間違ったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的につけているかもしれないなんていうことに思い当たりもしないような連中です』


冒頭で紹介した、先日、数年ぶりに木村から来た突然のメールを想い出すたびに、僕の気持ちは暗くなり、言いようのない哀しみが僕を包む。

『覚えてますか? 木村です。今はどうされているのですか? Hさん(僕のこと)ならどんな分野でも成功すると思います。・・・・・・』

何処かで彼は今でも夢想しているのだ。いつか僕と共にアムウェイで成功し、ベンツに乗って夜の東京の街を疾走する自分の姿を。(了)
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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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