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音楽、料理、小説、時々、創価学会

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アムウェイと創価学会⑤

アムウェイと創価学会⑤


 
木村は会社を辞めた後、アルバイト生活をしていた。アルバイトは彼が選んだ道だった。アムウェイに時間を割き、存分にやるにはアルバイトが一番なのだと、彼は言う。しかし、彼と色々会っているその間にもそのアルバイトさえも数回変えていた。

「あのさあ、アルバイトもいいけど、就職してしっかり生活を安定させて、その中でアムウェイをやって、軌道に乗ってからアルバイトにしてもいいんじゃない?」と僕は時折そう言った。実際のところは彼も悩んでいたのだ。一人暮らしのため生活費、家賃だって現実大変だった。


 話は変わるが、僕の高校時代からの親友の高原(仮名)の実家は割烹を経営していたが、改装して創作居酒屋にし、高原自身が経営者になった。社長だ。婚約者の美恵子さん(仮名)も店を手伝っていた。

ある日、その店「たかちゃん」(仮名)に木村を連れて行った。僕は高原と美恵子さんに木村を紹介し、営業が終わった店で4人で飲んでいた。
しばらくしてから美恵子さんが突然木村のバッグを見ながら言った。
「あのぉ、それアムウェイですか?」
木村の口が開いたバッグの上からアムウェイの商品カタログが飛び出していたのだ。
木村は「ええ、そうです」と言って、カタログを取り出した。
「木村さんはアムウェイやってるんですか?」美恵子さんが興味深そうに訊いた。
「ええ」
「ええっ!!! 本当ですか。私達もやってるんです
私達????」と僕は高原と美恵子さんを見ながら声を上げた。
「ああ、そうだよ」と高原が笑って答えた。

こういうことだ。美恵子さんは昔からアムウェイをやっていた。高原と付き合い始めてアムウェイを勧めた。高原もえらくアムウェイビジネスに感銘し、一緒にやる様になった。僕と高原とは仲が良く、しょっちゅう会っていたが初耳だった。そして木村と僕の関係も説明し、アムウェイに関する一連の動きを話した。
高原は訊いた。「そうなんだあ。で、H(僕)はどんな印象なんだ? アムウェイは」
美恵子さんもいる手前、僕は「印象はさほど悪くない。商品も悪くない。システムも悪くない。ただ、それを人に勧めてどうのこうのするのは現時点ではやらないと思う。色々忙しいし・・・・・・商品を使って心底納得して、心から誰かに勧めたいと思えば、いつかはやるかもしれない」と言った。
喜んでいたのは木村だった。出会った人が同じくアムウェイをやっていたのだから。そしてその人間が僕の友人なのだから。こりゃ、参ったなあ、と僕は思った。
その夜の流れはもう決まっていた。木村と高原と美恵子さんの三人が、僕に陶等とアムウェイを一緒にやろうよ、と説得したのだ。三人はすっかり仲良くなっていた。アムウェイ繋がりで。

当時、高原の店「たかちゃん」は調理場の人間が相次いで辞めてしまい人手不足だった。木村が昔そこそこ有名な店で板前として働いていて、そこそこ料理が出来ることを知っていたので、高原に木村を改めて紹介した。木村の生活が安定していなかったのも心配だったし、高原の店も喉から手が出るくらい(ちゃんと料理の出来る)調理人を必要としていた。話は早かった。木村もアムウェイをやっている人の職場なら喜んで入った。高原のほうもそうだった。給料は(きっと)木村がこれまでの人生で貰った額の中で一番高かった。30万近くで週休二日だった。

念のために最初は研修期間を設けたので、少ししてから僕は心配になって高原に言った。木村が仕事の面ではいささか問題がある点だ。
「アムウェイで仲良くなったのはいいけど注意しろよ。もし使えなかったり問題があったら社員になる前に切ってもいいからな。その辺はアムウェイとは別だし、木村にはよく言っておく。ちゃんとやれよ、ってな」
「ああ、分かった。でも彼、凄くよくやってくれてるよ。頼りになるし、頑張ってるよ」と高原は満足そうに言った。数ヶ月後には(それまでの料理長が辞めたせいもあるけど)木村は料理長になった。


木村が店に入って朝から夜遅くまで働く様になって忙しくなり、アムウェイは鳴りを潜めた。木村自身も現実の世界で地に足をつけて働くことに充実している様だった。たまに友人なんかを店に連れて行くと、僕は木村に声を掛けた。
「頑張ってるか?」
「はい」
「Hさん(僕)のおかげで楽しく働いてます。高原さん達もとてもいい人ですし・・・・・・」

実際には、高原と美恵子さんは、木村のいないところで僕と話すときは一切アムウェイのことは言わなかった。高原自身が僕という人間がそういうことを一番やらないことを知っているからだ。彼らはちゃんと分かっていたのだ。


数ヶ月して4人で飲むことになった。自然とアムウェイの話になった。
木村が言った。
「アムウェイはどうですか? 考えてくれました?」
まだ木村のアムウェイ熱はそれほど冷めてはいなかったらしい。
僕は最初三人に言った様に、商品は悪くない、ただそれをビジネス展開しようとは現時点では思わない。いつか気が向いたらやるかもそれない、と言った。
それから木村は酒が回ったのか次第に語尾を荒げた。高原と美恵子さんは黙って聞いていた。

「僕はHさん(僕)にやってもらいたいんです。こんな最高なシステムどこにもないですよ。やんなきゃです。絶対にやるべきです。」
「まあまあ、やるやらないは俺が判断することだ」
「なんでですか・・・僕がここまで言ってるんですよ! 信じてくださいよ
「ちょっと冷静になれよ」
一体、コイツはなんなんだ、と僕は思った。怒りと悲しみの様なものが次第にこみ上げてきたのだ。
彼は一層声を荒げた。「アムウェイは絶対成功するんです。やんなきゃもったいないです。・・・やらないなんて・・・・・・馬鹿ですよ・・・」

ばかあああ?? 僕もとうとうブチ切れてこう言い放った。

「あのよぉ、いいか? やるやらないは俺、俺が判断するんだよ。じゃあ、言ってやるよ・・・俺がやらないとオマエが困るんだろ? この俺が頑張んないと自分が成功できないからそう言うんだろ? 儲かんないんだろ?・・・・・・結局、オマエにとって俺は金づるなんだろ?・・・カネヅル

テーブルには一斉に尖った静寂が舞い降りた。高原と美恵子さんは申し訳なさそうに僕を眺めていた。木村はグラスに残ったビールを一気に飲み干した。僕が黙ってテーブルを立つと、三人も続くように会話もなく店を出た。

それから高原の店には行くことはなかった。幸い高原との仲には全く影響はなかったけれど、高原と美恵子さんは二度とアムウェイの話を僕にしなくなった。

(続く)
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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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