それでも生きていく為に・・・

音楽、料理、小説、時々、創価学会

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お題目で禁煙成功?


 半年近く前の話である、
 ここ数年、毎年、春先の一ヶ月間位だけ、毎日の様に朝起きてから午前10時頃までヒューヒューゼーゼーと軽い喘息の発作が出る。もともと気管支は弱いが、調べてみると、季節の変わり目や気圧の変化でなることがあるらしいのだが、今年は特に酷い。例年は病院に行くほどでもなく10時頃には自然と収まっていたが、今年は会話するにも途中で咳が出てしまう。題目をあげるのも辛いくらいに咳が良く出る。

『我等が頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎は華なリ足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なリ』(御義口伝、716ページ)

それで僕は治したい一心でこう祈った。「僕は妙法の当体で、仏なんだ。肺がゼーゼーして苦しんでいる仏なんて存在する訳ない。ありえないんだ。本来の健康な、仏の肺にさせてください。」と、ゲホゲホいいながらかなり真剣に、“胸”(肺)である“蓮”の文字を意識して祈った。

 翌日、症状は更に悪化する。題目をあげる。また翌日、今度はもっと酷く、咳が止まらなくて肩から背中の筋肉が萎縮し、凝り固まってしまい、発作で苦しくて座り込んでしまうくらいだった。もうダメだ、病院行こう。確か、その日は忘れもしない5月1日だった。

病院でレントゲンを撮り、「あ、ここ(を指して)、肺がんかも」と医者に脅され、よってCTまで撮られ、結局は特に肺には異常なし。で、主な原因は、まさかのPM2.5だった。隣の国の関係のないことと思っていたが、まさかそれで関東に住んでいる自分がやられているとは思わなかった。
当然、「煙草吸いますか?」という質問があり、僕は約20年間、一日40本近く吸うヘビー・チェーンスモーカーであること言い、更に(自分で色々調べた結果)、今回の症状を喫煙ゆえの若年性肺気腫であるかもしれないと密かに心配していたんです、と明かすと

「まあ、肺気腫ではありませんし、今回の症状は煙草が直接的な原因ではないけれど、どちみち煙草は体と肺には悪いので辞めた方がいいですよ」という趣旨のことを言われた。

で、薬を処方してもらい、診察料を払い、病院の外に出た瞬間に、前触れもなく突然思った。

“あっ、煙草やめよう”と。

さっき医者に言われたからとか、健康の為とか・・・頑張って「辞めよう」と意図的に決意・決心したのではなく、「やめよう、うん、もう吸うのやーめーた」と自然と無理せず思えたのである。例えるなら、これまで好きで忘れられなかった異性のことを瞬間的に“もう、どうでもよくなる”感じだ。そしてその瞬間から煙草を吸いたいと一切思わなくなった。瞬間的に僕は禁煙に成功したのだ。 “煙草を吸う、吸いたい”という意思・願望があの一瞬のうちに自分の中の概念・執着から綺麗さっぱりなくなったのだ。発作も病院から出された薬でその日のうちに完璧に無くなった。

 僕は20年間、煙草を中心に生活ていたといっても過言ではない。
(仕事や食事や会合など) “何かの後”のコーヒーと煙草のセットは人生におけるささやかな幸福の時間の一つでもあった。煙草が切れれば夜中であろうと雨であろうと買いに行く。「あー、この仕事終ったら一服しよう」とか「電車降りたらどこで煙草吸うかな?」とか、「あー、早く煙草吸いたいな」とか、そんな思考に支配されていた自分だった。酒と煙草のどちらかを辞めなければならないとしたら迷わず酒を選ぶだろう。喫煙者の仲間内からは、僕はどんなことがあっても最後まで禁煙しないだろうと思われていた。

「仏の、本来の肺にさせてください」という祈りが、僕の身体が“害”であるニコチンを欲することを無くし、綺麗な肺に戻るべき方向に向かったのだろう。

 あれから5月、今も当然吸っていない。ひと時も吸いたいと思わなかった。禁断症状も全くない。お酒の場でも全然吸いたいと思わない。普通、禁煙するのは大変で、禁煙治療にはだいぶお金がかかるらしいが、わずか数日間の真剣な題目で、キャリア20年間の喫煙者が禁煙に成功できたのだから、有難い限りだ。

長くなったけれど、僕にとっては決して小さくはない人間革命の一つでした。(あくまで僕個人の事例に過ぎませんのであしからず)
スポンサーサイト

カラスの雨宿りと白い鳩

 雨だから夕方まで家でのんびりしていたんだけど、午前中の早い時間にベランダで“カーカー”と鳴くのが聞こえるので、見てみると物干し竿に結構大きなカラスが二羽、並んでちょこんと止まり、どこか遠くにいる仲間?に何かを知らせる様に鳴いていた。驚いてしまった。カラスがウチに来ることもベランダなんかに図々しくとまっているのも初めて見たからだ。二羽はきっと夫婦だろう。よく見ると可愛らしい。毛並みも綺麗だ。

“すみません、ちょっと雨宿りさせてもらってます”みたいな感じのつぶらな目と視線があう。しばらくして二羽仲良く飛び立って同じ場所に飛んでいった。数時間して雨足がまた激しくなると、さっきの二羽が戻ってきてカーカーと鳴いていた。家は十数階の結構高い場所でベランダの隣の窓の手すりには鳩が数羽よく止まっているんだけど、今日は初めて白い鳩が一匹だけ混じっていることを知った。

白い鳩の少し先にカラスが二羽とまっている・・・なんか不思議な光景だった。

カラスというと、その色からして、迷信で不吉な動物かと思われがちだけれど、調べてみるとそうでもないらしい。天照大神の“遣い”とか、海外では“真実を運んでくる”とか“智慧”や“明日”の象徴とか好意的な動物である様だ。天照大神の“遣い”はどうか知らないけれど、なんか僕の最近祈っていること、求めていること、心の中身みたいだ。

普段だったら自分の家にカラスなんてとまっていたら、不吉で不潔で、あっち行け~、なんだけど、何故か親近感の湧くカラスと平和の象徴の白い鳩のコントラスト・・・で、その後、出かけた先でたまたま“勇気の一歩”を踏み出し(大したことではありませんが)、人生で新たな自分を発見した一日でありました。(恥ずかしくて書けません)

 で、今日の記事の本題や意図は、カラスと白い鳩のツーショットが珍しいとか、その後の自分の体験?とか、では無い。

そう、実は、そのカラス、最初にカーカー鳴いている中で(午前中だった)、いきなり(九官鳥みたいに)『おはよう!』と二回叫んだのだ。一瞬耳を疑ったが、はっきりと二羽のうちの一羽は、綺麗な日本語で『おはよう!』と辺りに轟く様な大声で言ったのだ。嘘ではない。

 カラスって言葉じゃべれるのか?どこかで人間から覚えたのかな?

 とにかく、カラスは人間の言葉をしゃべる、という記事でした。ホントだよ。

Top

HOME

かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。