それでも生きていく為に・・・

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”形”にして表す。

 入信浅いあるメンバーが、先生が常に様々、“物”の激励を会員に贈られることに対して、「何か“物”でつっている様で嫌ですね」と言ったことがあります。彼はまだ先生のことをよく知らないし、色んな見方や感想があるものだなぁ~、と思いました。そこで僕はこんな話をしてみました。

 先生はよくこう仰います。
(良いことにおいて・感謝とか、励ましとかなど)、「心で思ったことは言葉にして表しなさい。でも言葉では不十分の時もあるから、形にして表しなさい」

僕と貴方が共に一軒家に住み、隣同士だとします。貴方は毎朝、自分の玄関前を掃除するのと同時に自然と僕の家の玄関前もついでに掃除してくれています。
僕はその事実を知り、当然、ありがたい、という感謝の想いがあります。普通だったら、ばったり貴方と会った際に「いつも掃除してくれてすみません。ありがとうございます」とお礼を言うでしょう。そして、もっと強い感謝の想いがあれば、お中元・お歳暮までいかなくてもどこかに旅行に行ったらお土産を買ってきて渡すとか、親戚から届いた果物や野菜などがあれば、幾らか持っていくでしょう。これは常識的なことです。

僕はそのメンバーに言いました。「そういうことだよ」と。

先生は会員さんへの感謝の思い、また喜んでもらいたい、元気になってもらいたい、幸せになってもらいたい、その心があるから、毎日の新聞上の指導(言葉)があるし、会合にメッセージ(言葉)を寄せてくれる。更に、頑張っているメンバーや、苦しみながらも闘っているメンバーに書籍やクリアファイルや、(参加者全員への)お菓子の“形”としての物の激励があるのです。その先生の意図を僕は説明すると、彼は納得してくれました。

 夫婦間、親子間、恋人同士だってそうかもしれません。相手に対する感謝の想いや愛はあります。でも“心”だけではダメです。先生もよく仰いますが、時折、“ありがとう”と言葉にして言うべきで、もっと言えば、たまにはプレゼント(形)だってあげるべきでしょう。恋人同士だったら尚更で、どんなに相手を想っていても普段、愛情表現を言葉にも出さず、誕生日プレゼント一つも贈らなかったら、相手は不信になってしまいます。「アタシのこと、好きじゃないのかな?」と。

では、心→言葉→形(物)を弟子側の僕らが先生に対していえばどうなるでしょうか。先生の激励のおかげで、先生の指導のおかげで・・・そういった心があります。だからこそ日々の祈りの中で先生のことも祈ります。これも心です。そして会合や友好活動で先生を語る。メンバーに先生のことを話す。これは“言葉”でしょう。
でも、やっぱり“言葉”では不十分なんです。形にして表さないといけないのです。別に学会本部に何かお届け物をしなければならないということではありません。そう、“形”とは具体的な“結果”です。様々な闘いがありますが、「これだけ語ったけど結果はゼロでした」は“言葉”の範囲でしかありません。その中で、啓蒙できました、ご本尊流布できました、法戦において実際に友人が○○に○○してくれました、これを以って“形”なのです。婦人部が強いのは、特に新聞啓蒙においてどこまでも“形”(数)に執着しているからです。

池田先生はずっと戸田先生に“形”として応える闘いをやってきたのです。
「大作は冗談で言ったことまで実現してくれた」と戸田先生は仰ってます。戸田先生を言葉だけで宣揚してきた訳ではありません。言われたことを目に見える形として実現してきました。

あらゆる闘いの中で、形にして表すことが出来るか出来ないか、これが自身の中の師弟の一つのバロメーターなのかもしれません。僕も反省しています。

 「心で思ったことはなるべく言葉にして表しなさい。でも言葉では不十分の時もあるから、形にして表しなさい」

信心に関係なく、大事なことだと思いませんか?
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勤行について

 前の記事「五分以内運動」で勤行について書いたので、もう少し掘り下げて書いてみます。

 幼い頃から勤行が生活の一部に根付いている福子と違って、途中入信の僕にとっては勤行をしっかり覚えることと、きちんと朝夕欠かさずやることを定着化させるには多少時間が掛かりました。
経文が段々あやふやになったりしたことがありました。「しょう」が「しょ」とか「しゅう」になってしまうみたいな感じです。なんか慣れてしまって惰性でやっているな、と感じる時は、今でもゆっくりゆっくり一字一句、噛み締める様に勤行する様にします。

 経文を間違えない為にはその意味をしっかり理解するべきだと思います。方便品~寿量品の戸田先生・池田先生の講義で学ぶと良いでしょう。頭で意味がきちんとわかっていると漢字一つ一つを間違えなくなります。
変な例えですが、「今日の朝食はジュースだけでした」という文章があったとします。「今日」と「朝食」と「ジュース」の言葉の意味が分かっているから「今日の朝食はジュースだけでした」ときちんと発音できます。では意味が分からず「ちょうしょく」(朝食)が段々と「ちゅうしょく」(昼食)になり、「ジュース」が段々と「シューズ」(靴)になったらどうでしょう? 「今日の朝食はジュースだけでした」という文章を声に出して言ったつもりが、実際は「今日の昼食は靴だけでした」になっていて意味が全然違うのです。朝食でなく昼飯に、ジュースでなく靴を、ムシャムシャ食べたことになってしまいます(笑)

「別に意味が分からなくても良い」と言われますが、分かった方がより良いに決まってます。分からないからいい加減になるのです。経文を間違えたり、とばす、というのは、ご本尊にいい加減なことを言っていると気付いていないからであり、それは生活に思わぬ狂いが生じやすいといわれます。「あ~、そうだなぁ~」とこれは誰もが肯くと思います。


 更に、皆で勤行をしていて、皆と合わない、変な調子の勤行をする人がいます。これは友好活動や付き合いで失敗しやすいと言われ、実際に、該当する部員さんはまさしくその通りになってしまいました。
乱れた服装や髪形で勤行する癖のある人は、人の上に立てない、一生下積みになる、とも言われますし、ご本尊に向かう姿勢のあり方として、夏であっても自宅で一人であっても、勤行の時に裸足(靴下を履かない)なんて絶対にあり得ない、という人もいます。

以前の記事の中でこういった形式ばったことを書いて、「こだわり過ぎ」と批判がありました。こだわっているのでは無いのです。「当たり前(A)のことを、バカ(B)にせずに、ちゃんと(C)やる」を略してABCなんて一般社会でもよく言われますが、信仰も同じなのです。
五座の勤行をしていた時代に、ある先輩は後輩と一緒に勤行して、一文字でも間違えるとまた一からやり直しをさせていました。四座まで行ったのにまた一番最初からです。

 どんなに会社で結果を出したり、営業成績を上げても、出勤時と退社時に「おはようございます・お疲れ様です」を誰にも言えない社会人はダメダメ人間でしょう?(そんな人はいないでしょうが)
朝晩の勤行をするということは、それに近いのかもしれません。仕事を頑張っていて忙しすぎて朝晩の勤行がなかなか出来ないと話していた部員さんにこの例えをしたら、それからきちんとやる様になった様で、顔の相や言動が全然変わりました。


「先生の指導より」
柔道にも、剣道にも、基本がありますが、幸せになるための信心の基本は勤行にあります。日々、真剣に勤行・唱題を重ねた人と、いい加減な人とでは、表面は同じように見えても、三年、五年、七年とたっていったときには、歴然たる開きが出てきます。宿業の転換といっても、人間革命といっても、そのいっさいの源泉は勤行・唱題にほかなりません。

5分以内運動

5分以内運動

なんだかよく分からない題名ですね。

お題目をあげれない、お題目が沢山あがらない・・・どうしよう。
でも、あげなきゃいけないのは分かっている。しかし・・・ずるずると、ああ、後でやろう、明日からやろう、仏壇少し汚れているから掃除してからやろう・・・云々。

僕もそんな時あります。

そこで教わり、実践しているのが、5分以内運動・・・つまり、帰宅したら5分以内に仏壇を開けて勤行をすること。
そう、夜の勤行についてです。仕事から帰ってきたら、どうしても一息つきたくなります。とりあえずテレビ、とりえず食事、そのとりあえずが気付くと寝る時間になり、次は「明日こそは・・・」になります。だから、帰宅したらトイレ、手洗い、うがい等を済ませ、すぐに仏壇を開ける癖をつけるのです。

勤行って本当に大事なんです。修行の根幹です。こんな指導がありました。

勤行をしない・・・宿命転換が難しい。
勤行がしたくない・・・いくら頑張っても宿業に振り回される。
勤行(夜の勤行)が時々抜ける・・・人に嫌われやすく、思わぬ所で失敗する。
勤行するが身が入らない・・・生活がだらしなくなる。
急ぎ勤行になる・・・慌てる割には功徳が少ない。
勤行する時間が遅い・・・他の人よりも生活のテンポが遅れる。
御観念文が適当・・・自分の範囲しか祈りが叶わない。

どんなに闘っても、活動を頑張っても勤行がいい加減だと全部空転します。

5分以内運動・・・しっかり(夜)勤行をする為にはお勧めしますが、いい加減な急ぎ勤行にならない様に注意です。

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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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