それでも生きていく為に・・・

音楽、料理、小説、時々、創価学会

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一通の手紙



 は来年で70歳になる。まだ仕事をしていて元気だ。
父は三重県伊勢市の農家の村5人兄弟の末っ子で生まれ、16歳の時に父親と喧嘩して実家を飛び出し、東京に出てきて住み込みで働き始めた。
祖父は父が結婚してすぐに他界し、祖母は今から十年以上前に他界している。実家は村の名家で広大な田畑や山を所有している。父以外の兄弟それぞれが近所に住み、それぞれに数名ずつ(つまり僕のいとこ)子供達がいて、更にその子供もいるくらいだ。僕らの家族を含めて一族でかなりの人数になるだろう。
小さいときはよく伊勢の実家に行って遊んでいたが、社会に出てからは僕自身が忙しくてなかなか行く機会がなかった。叔父さん、叔母さん、いとこ達と、正直顔と名前がすぐに一致する人はあまりいなくなった。彼らも僕の小学生の面影しか覚えていないだろうし、長男が亡くなった9年前に最後に伊勢に行ったときには、知らない人ばかりだった。


 その一族(といえるほどでもない)の中で唯一信心をしているのが叔母の幸子さんだけだった。
結婚して旦那に折伏され、大変な苦労(旦那の5年に及ぶ失踪)をしながら立派に3人の子供を育てあげた。長男(いとこ)は村で造園業を営み、次男は日本で有名な画家である。詳しいことは聞いたことがないが、子供達はあまり信心をしていないらしい。(入会はしているだろう) 本家(実家)は学会と無縁である。

僕が23歳で入信したこと、父を折伏したことをとても喜んでくれた。4年前の都議選の時には、自分の東京の知り合いに変わりに行って欲しい、と電話をしてきてくれた。


 今年の3・16に向けた自身の闘いについてはいづれ書くが、題目を上げまくり、動き、また題目・・・という日々の去る3月8日に「幸子さんが危ないから、医者が今のうちに親族を呼んだ方がいい」と本家から連絡が入り、父はすぐに飛んでいった。
喉頭癌の手術をして、治り、回復したが最近またぶり返したらしい。しかし、行ってみると4月一杯は持つだろう、と多少元気だった。むしろわざわざ父が飛んできたので「アタシ、死ぬんか?」と泣きながら動揺したという。
それから僕は幸子さんの回復の為に祈りまくった。「創立80周年を絶対に元気で迎えるんだ」と。来月位には一人で伊勢にお見舞いに行き、信心の話を沢山聞きたかった。


 その幸子さんが3月14日の日曜に亡くなった。81歳だった。
どうしてもどうしてもどうしてもこちらを離れられない用事(信心をしていた幸子さんなら分かってくれるはず)があり、残念だが葬式(伊勢)には行けなかった。幸子さんの意向を受けて素晴らしい友人葬だったらしい
父が伊勢に発つ前日の月曜に「叔母さん(幸子さん)の供養にはオヤジが題目を唱えるのが一番だよ。一番う喜ぶよ」と言って、なんだかんだと仏壇から遠ざかっていた父と二人で題目をあげた。

 「そういえば去年の5月に幸子から手紙が来ていたんだよ。オマエのことも書いてあるから読んでおけ」 

亡くなってから見せるなよ!! 

と思ったが、それを読んでその場に座り込んでしまった。
幸子さんは田舎の農家の普通のおばあちゃんである。正直あまり学歴もなく、字も上手でもない。そのまま記す。


 『お元気ですか 長らく御ぶさたしております。私も元気にしています。毎日少しですが 畠(畑)に行って野菜を少しづつ作って毎日たのしんでおります。家に居てもひるまは一人ですし畠に行けばみんな道を通って行く人達が話しかけてくれますし それが何よりもうれしくて又色々と話も聞かしてもらって聞いてもらってそれがたのしんです。仕事はしていなくてもそれがたのしみです。

もう私も81ですから気持ちは若い時と変わらないと自分でも思っておりますが 体が思うようについてきませんん。これも年のせいですからしかたありませんし 自分達の母さんは88才まで今の年より(年寄り)にしてはぼけてなかったし どこがいたいとか悪いとか何も言はなかったけれど 自分が今81才になって母さんもたいへんだったんだなーとつくづく思います。
何も親孝行もしてやれなくて 今時分そんな事思ったり言ったりしてもしかたない事ですが自分が年とって思います。あなたははなれているからそんな事思わなくてよいんですよ。
 
(中略) 

私は あなたの事を○○子(本家の長男の長女)も心配しておりますが 私は(僕の父が)自分と同じ信心をしているから大丈夫だと安心しております。
しっかり都ぎ選の選挙も始まるしそれに一生けん命がんばって下さい。私もいつも選挙が始まると地区の方々に車で津や名古屋まで連れてもらって行っております。この間も津の方へ行ってきました。
信心だけは忘れずにやってやっていってく下さい。くれぐれもおねがいしますよ。それが信心が一番大事ですから 何かの時にはきちっと守ってくださいます。朝夕の勤行はきちんとしていますか。それをしないといけませんよ。たのみます。自分自身の事ですから。私も一生けん命やらせてもらってますから。
○○君(僕)にもよろしく。○○君(僕)はがんばっていると思い安心しておりますから。

ではそのような事ですからあなたも身体には十分に気をつけて毎日をすごして下さい。では又。
いつもでんわしようと思ってもすみません。私の事は気にしないで 元気にしておりますから(姉から弟へ)』


 父に向けた手紙であるが、使命をまっとうした信心の全てが詰まっている。こうした形で私的な手紙を公表する事に異論があると思うが、叔母さんはきっと許してくれるだろう。
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仏壇に向かう心


 「僕は書かないで祈るなんて出来ないよ」と先生は仰る。

書かないで頭の中でイメージして祈る、ということには疑問があるのだという。先生は手帳さえも仏壇に置く。手帳に書かれているスケジュールが問題なく進む様にだ。

時折、先生は「病気の人のリストを持ってきなさい」と仰る。
側近の方が持ってくる大量の病気の方の学会員のリストで、20センチ以上はある紙の束である。『組織名 名前 すい臓がん』という感じである。それを仏壇に置いて一枚一枚に全部に題目を送る。こんな宗教団体の指導者が世界中にいるだろうか。

仏間の窓のサッシに少しでも埃がついていれば大変であるらしい。仏壇の端にミリ単位のキズでもあったなら、前回はなかったことを覚えていて、その期間に誰がこの仏壇に触り、掃除等で移動したりしたかの報告書をすぐに書かせる様である。
「きっと良い水になっているよ」と題目をあげたあとの仏壇の御水を飲んだりもする。

仏壇、おしきみ、お供物、仏間そのもの・・・一切が信仰に向き合う上で妥協を許さないのである。仏壇に余計なものを置いていないか、仏壇の引き出しの中に関係のないものを入れていないか、おしきみの葉っぱ一つ一つのどれかに埃が被っていないか、お供物は腐らせていないか、きちんと自ら食しているか、等々、僕も厳しく先輩から教えられた。


 『仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり』(一生成仏抄)

である。ご本尊に向き合う様々な些細な所が大事で、その“心”が全て功徳善根となるのである。
その御文を引用して、我が組織の教学部長は「本当に心がこもって真剣に真面目に“仏”に向き合っているならば、正しい念仏宗というのも無くはないんだよ」と言う。これは根本的に信仰者としての姿勢のあり方である。宗教の正邪ではない。


 会合や衛星中継で会館に行く。個人宅もあるだろう。当然、会場にはご本尊(仏壇)がある。
以前、衛星中継に帽子を被ってきて、そのまま終了まで帽子を取らなかった部員に対して怒った幹部がいた。当然である。夏場に裸足(靴下無し)で会館に来る者さえもいる。知らない組織のメンバーだと「あーあ、マイナス2ポイント!!」と勝手に後ろから心の中で呟く。(笑)

ある地区部長のお宅に行くと、常に必ずお供物としてポテトチップスの袋だけが一つど~んと置いてある。記憶の限りだと、塩味、コンソメ、のり塩・・・という風に時折味が変わっている(笑) ポテトチップスの油分も“一念”に納まってしまっているのだろうか・・・当然、かなりお太りの方である、のは言うまでもない。別にお供物は何でもいいから構わないんだけど。

そういえば、たまに会合なんかで参加者全員に先生からお菓子の激励を頂く。スナック菓子である。
僕は訊いてみる。
「そのお菓子どうしているの?」
ある人は言う。
「すぐに食べちゃうわよ」
人によっては会館の帰り道で歩きながらボリボリ食べていたり、帰ってきてどこかに置いておいて気付いたら食べている。
帰ってすぐに仏壇に置いて最低限題目三唱はしたいものである。僕はそんな些細な所で師弟としてのその人の姿勢が出るものだと思う。

今回の内容に近い記事を以前に書いたが、「形式にこだわり過ぎ」とか「化儀にこだわり過ぎ」という意見もあった。しかし、御書にもあるが『随縁不変・一念寂照』である。不変(原理原則)と随縁(応用)のバランスである。そして両方に対する真剣な姿勢が大事だ。そのバランスと深度が若干ずれてしまっていると感じるのは僕だけだろうか。

 ここまで書いてみて、ふと疑問に思う。
何故、会館にある仏壇には毎日お供物がお供えしていないのだろうか? お水もあったっけ? 衛生上、管理上、費用面で何か問題があるのだろうか?

今度訊いてみよう、っと。

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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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