それでも生きていく為に・・・

音楽、料理、小説、時々、創価学会

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如是我聞(にょぜがもん)の大事さ


 最近、たまたまある有名な学会系のブログを読むことがありました。そこには、ある学会員がブログ主(当然そちらも学会員)だけに読めるコメント(要するに今の悩みの相談と信心指導を求めている訳だけれど)を書いた様で、それについての返答をブログ主が複数の記事に渡って公開しているのです。
多分だけれど、個人的に返信できる術がなかった為、コメントした当人が読める様に、また質問内容をぼかしながらその他の閲覧している内部の方々にも役立ててもらおうと書いている様です。
しかし、その内容が全部自身の経験や体験だけで、自分も過去にこういう悩みを抱え~こう考え~こう捉え~こう取り組んでこう打開してきたよ~、よってこういう種類の問題に対しては自分はこういう結論を持っていますみたいな感じです。その一連の中に先生の指導、御書や法華経の引用が殆んど無いのです。

原理原則として、ネットであれ現実の組織であれ、誰かを激励する、信心指導する際には、必ず如是我聞でなければなりません。如是我聞とは、「このようにわたしはお釈迦様のおっしゃるのを聞いた」という仏教用語です。仏教のあらゆる教典(お経)は如是我聞です。僕らの立場にたって言えば、法華経と御書になります。また、法華経と御書に基づいて指導している先生(三代会長)の指導です。

どんなことでも「こうした方がいいよ。(してみようよ) 何故なら、御書にこう書いてあるよ」とか「こう祈るべきだよ。(こう祈っていこう) 何故なら御書にはこう書いてあるよ」とか「~という先生の指導にもあるから、こうするべきだよ(こうしていこうよ)」が必要なのです。例えば、聖教新聞に載る池田先生の随筆や本部幹部会のスピーチや様々な指導もそうです。一つ一つの事柄ごとにその根拠となる御書が毎回引用されておりますし、あるいは「戸田先生は~」と根拠となる師匠・戸田先生の言葉や行動を提示されます。先生もきちんと如是我聞という法理法則を守っているのです。

自分の体験や活動を前例に出して、それによって培った個人的価値観のみで他人に信心指導をする人がいます。そして自分の価値観・経験・体験だけで信心(信仰)を語った場合に、主に相手側の方がその後、我見の信心に陥ってしまう可能性が大きいのです。
以前、地元の壮年の方が、(折伏戦の時にとにかく折伏の結果を出したい場合)『10時間唱題を3日間やれば折伏が決まるよ』と言っておりました。実際にその方が体験されたのかもしれませんし、その方の世代ではもしかしたら有名な説なのかもしれません。しかしそんな指導を先生はされたことがありませんし、御書にも法華経にも一言も書いておりません。根拠のない事なので僕は信じませんでしたし、その通り実践もしませんでした。当たり前です。

何分、僕自身も青年部の活動家時代の前半は「如是我聞」の原則をあまり知りませんでした。それを知ってから、どんな些細なことでも、相手に経験や体験を話した上でその根拠となる御書や先生の指導を引用する様にしていました。当然、このブログも我見で酷いものでしたし、更新を辞めたのもそんな理由です。

 さて、誤解のない様に言っておくと、前出の某ブログ主さんは素晴らしい信心をされている方だと思います。沢山の体験をされている様です。冒頭、僕が問題視した記事でも間違ったことは言ってないのです。仏法的にも世法的にも常識的にも外れたことは言ってません。そう、問題ないのかもしれませんが、大事なのは、それを読んだ誰かが間違った方向へ行く可能性が孕んでいるのです。

「先生の指導」
「御書の御文」
「法華経」
…このいずれかの引用も無い指導や激励は、ネットでも現実の組織や会合でも、あくまでアドバイスの一つ程度に受け止めておくべきだと思います。
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男子部卒業と本部職員


久しぶりの更新です。忙しさのあまり放置気味でした。

さて、「男子部卒業と本部職員」という題名にしたのは、先ほどアクセス解析をしてみたら、最近やけに「本部職員」とか「本部職員 給料」とか「男子部卒業」というキーワードで検索されてここにたどり着いている方が結構いる様なので、今回はそれについてです。

男子部卒業・・・多分、“自分は卒業かな?”と思っている男子部の方はいるでしょう。
地域によって違いますが、基本的にはS47,4.2生まれ~S49年4.1生まれの方(2学年分)が11月に卒業かと思われます。
役職の交代・人事発表は10月中盤より役職によって段階的に行われ、ただそれを以って卒業というわけでもなく(例えば、自分の後任人事が正式に発表になったから俺はもう“壮年部だ”とはなりません)、11.18の週前後で行われるであろう地元男子部の会合を以って卒業になります。会合に出ていない方は11.18前に男子部サイドから“今回卒業になります”と連絡(家庭訪問)があるか、11.18以降に壮年部から“実は、もう壮年部ですよ”と言われます。お疲れ様でした。

それにしてもベビーブーム世代がごっそり抜けて男子部は大丈夫なんだろうか。

あと、本部職員について

過去の記事でも色々書きましたが、本部職員のことそんなに気になりますかね。給料は安い、ある意味一般会員に常に監視され・・・もう出家同然です。そして何より、“社会で実証”とか“頑張って稼ぐぞ”とか“金持ちになる!”とか、そんな目標や目的や夢や自由を放棄するのですから、大変だと思います。
職員の態度や信心や給料のことであれこれ思う方が多いのも事実で、よく“私たちの財務で・・・”と批判する人もいるけれど、財務の8割以上は会館の建設・維持・管理に使われているんですね。

再開? 苦しみや哀しみや憂い


 「かいつぶり君、しばし休止にしておいていきなり更新ですか」という声が聞こえてきそうである。

休止を惜しんでくれるコメントや、お別れのコメントなど・・・誠にありがとうございます。その中に、以前の記事の『活動家の為のクイズ』の答えをお願いします、というコメントがありましたが、答えは記事のコメント欄にあります。


 さて、最近は・・・新しく人事があり部長を卒業して正役職を頂いた訳だけれど、ある部長のA君が口癖の様に言う「〇〇君、悩んでいるんですよ」という言葉がある。その部員さん(複数)の状況について話た(聞いた)際の言葉である。彼は部長として部員さんの悩みを聞き、一生懸命なのは分かるが、どこか悩みを聞いてあげることや悩みを聞きだしたことそれ自体に部長という立場からくる満足感に浸っている節がある。

よく聞いてみると、それは組織や生活上の愚痴や文句でしかなかったり、あるいは共に悩んであげることだけが正しいと思ってしまっている。
だから僕は突き放して言う。「どんな悩みでも・・そもそも悩むのは良いことだよ。悩むということは人生を前に進めようとしている証拠なんだから。それよりも怖いのは“迷う”ことだよ」

そして真剣に話す。悩みに対しては”生活指導”ではなく、”信心指導”でいこう、と。

僕らはどんな状況であれ、悩みから来る“憂い”や“哀しみ”や“苦しみ”や“不安”に憂鬱になり、心は曇り、ため息をつき、押しつぶされそうになる。
しかしそれらは“悩み”の本質ではなく、悩みから生じた心の状態でしかない。極論を言えば、それらは“悩み”(抱えている問題自体)から切り離すことは可能なのだ。問題は、それらの心の状態こそが“魔”の仕業であり、悩みは解決するべきことであり、悩みからくる心の状態は“思わなければいい”のである(笑)


 ここ数年のことである。
あるプロ野球の投手のAがいる。彼は肘を故障し、手術をした。激痛に耐えながら必死にリハビリに励み、新しいシーズンを迎えた。しかしとても不安だった。今まで通りのピッチングが出来るかどうか、チームに貢献できるかどうか。彼は毎日3~4~5時間と題目をあげる。しかし、憂い、不安、そこから来る“苦しみ”は払拭されることはなかった。

シーズンが始まってすぐの本部幹部会に彼は出席する。先生は彼を見つけ「A君、来ていたのか」と声を掛ける。彼は間髪入れずに「先生、頑張ります。勝ちます」と威勢の良い大声で元気よく答える。よくある光景だ。
しかし、先生はその言葉の裏にある彼の不安さや弱い生命をすぐに察した。先生は、彼の「先生、頑張ります。勝ちます」という言葉のすぐ後に彼に向かって厳しく叱咤する。

「そんな苦しみなんか放っておけ!!」

彼はその言葉(指導)に目が覚めた様な気がした。彼は生まれ変わる。結局、その年に20勝し、〇〇賞も獲った。WBCでは〇〇が招いた満塁のピンチの際に交代し、見事に抑えている。

どんなにランナーがいても、あるいはチームが負けていても、試合が終盤でピンチであったとしても“そんな状況から来るプレッシャーや不安”という環境から来る心の状態を一切気にせず(放っておいて)、本来投手がやるべき仕事、すなわち現在目の前にいるバッターを抑えることのみに集中し、そこに全力を注ぎ結果を出したのだ。その様にシーズン中に成長したからこそ(さっき書いた)WBCでも監督は彼を起用したのだろう。

「そんな苦しみなんか放っておけ!!」

苦しみから逃げろ、目を瞑れ、という意味ではない。その苦しいという心の状態に引きずり込まれ、本来成すべきことを出来なくさせていることがいけないのだ。


 我々一般人からすると、例えば恋人に振られたとか、会社の人間関係で悩み仕事そのものが嫌になるとか、お金がなくて不安で憂いでいる、とか・・・
別れた恋人となんか普通に考えてよりを戻すことなんか出来ない。しかしその“哀しみ”という心の状態は、別れた現実から独立して僕らを疲弊させる。しかし、その時に気付く。前者(恋人がもはや恋人で無いという現実)と後者(恋人と別れたことによる哀しみ)はもう一切関係がないんだということを。別れた哀しみは僕の心が勝手に作り出している現象に過ぎないんだということを。そんな哀しみを消すのが難しいのなら、そんな心は放っておいて新しい素敵な恋人を作る為に現実的に行動すればいいじゃないか。

会社の人間関係で悩んでいるなら、そんな憂鬱な心なんか放っていおいて目の前の仕事を精一杯頑張るしかないんだ。
お金がなくてため息をつくのも同じだ。そんな追い詰められる様な心放っておいて、より収入があがる為に智慧を出し、行動すべきなのだ。

当然、憂いや哀しみは“魔”の仕業であり、宿業である訳で、それを退治する祈り(謝罪と罪障消滅の祈り)も必要であるけれど。
何よりも、ネガティヴな心の状態に食い破られ、引きずり込まれ、環境のせいにし、本来するべきことを出来なくさせている自身がいるのなら、全ての因を自身の中に置く祈りをし、現実的に目標を立てて一つ一つ解決していくしかない。

と、ここまで書いておいて・・・実は・・・ジャジャ~ン!!

・・・僕自身・・・このまま一つの恋が終わるのかな? と・・・嗚呼・・・(泣)

まあ、それについて僕があれこれと思っている苦しい心なんか“放っておこう”と、先生のエピソードを聞いて思った。うん、本当にどうでも良くなるね。しかしだねぇ~、投手Aの問題に比べてあまりにレベルが低く過ぎて笑っちゃうのだけれど。

では、また気が向いたら更新します。


チャオ~

功徳と、健康について



 現在行っている闘いの最中には“活動報告”が乱れ飛んでいる。会合に行くと「○○に行って〇〇を勝ち取りました~以上!」と元気な声があちこちで響き渡る。僕はいささかひねくれているのでそれを聞いてもな~んにも思わない。単なるリアルブログ、リアルツイッターみたいである。何故なら功徳の話が抜けているからである。こういう活動をしてこういう功徳がありました、というのが大事である。

「功徳体験抜きの活動報告なんかはもうやめた方がいいんじゃないか?」と最近はよく幹部に詰め寄る。それを受けて、“結果~こうなりました”という功徳の話も必ずする様な流れが出来ている。活動報告のみの時は「で、それによる功徳は何?」とか「はい、今週の功徳は?」と必ず聞き返す様にしている。その幹部は会合で最近の功徳体験を話してくれた。皆、感動していた。こうでなくちゃいけない。


 僕は父親の健康を今年になって祈ってきた。先月末に父親が入院~手術という出来事があり、それ以外でもコルステロール値など気になることが沢山あった。
闘う中で今週、異例過ぎる位の早期退院になった。術後不調を訴えていた父だったが、数日で復調、追い出される様な退院だった。(笑) 更にコルステロール値も正常に戻り、更に40年近く一日40本位煙草を吸う父が入院をきっかけにさっぱり辞めたのだ。功徳である。

で、話は変わるが健康の話。病院に通う中で色々思ったことを。
僕の部の地区幹部達は本当によく風邪をひく。大事な会合の直前に「熱があるいんでぇ~」とか「昨日から喉が痛くてぇ~」みたいにだ。当然、長の一念を反省するが、やっぱり・・・

君達、体弱すぎるよぉ~~~。 誰かしらしょっちゅうマスクをしているしね。

僕は未熟児(1600グラム)で生まれ、気管支が弱く学校をよく休んでいた。成人してからは一年に一回は辛い風邪でダウンする程度になったが、副部長で組織に戻ってきた7年前位からすこぶる調子がいい。
自分の件で病院に最後に行ったのは(整形外科以外)5年以上前だけである。それ以来ない。“これは風邪か?”と思ったらすぐに風邪薬を飲み、睡眠をよくとり、あとはなんといってもイソジン原液うがい(お薦め)である。これで完璧である。ダウンしても会社は休まない。半日で治す。

あとは気付くと肩こりも治っていた。今では肩こりってどんな感じだったっけ? である。人生で胃が痛くなったこともない。頭痛なんかも殆どない。そして快便である。毎日決まった時間に自動的にトイレに行ける。
そういえば歯医者には人生で一回しか行ったことがない。小学生の時に学校の検診で引っかかって行かされただけである。虫歯もない、歯か痛くなった経験も当然ない。だから“歯医者の悲劇“(歯を抜いたり、例のウィ~ンというやつの時の痛み)も経験ない。申し訳ないが、他人の”歯医者と歯痛の悲劇“にだけは同苦出来ない。経験ないのでしょうがない。「あら、大変だねぇ」だけである。


 部長になって5年。部員さんの健康と無事故は祈ってきた。幸いに大きな病気や入院、事故は一切ない。しかし・・・やっぱり風邪と体調不良は・・・部長の責任か? と最近思う。いや、

風邪と怪我は恥と思え、が僕の信念である。風邪と体調不良程度を魔のせいになんかするんじゃない!! 大人なのだから自己管理でなんとかなるのだ。
先週の会合で体調不良の地区幹部と一緒に参加していた別な地区幹部もそれをうつされたのか、日曜の会合では両方とも欠席した。先日の会合でとうとう痺れを切らして僕は言った。

「それは魔じゃありませんからね。自己管理を怠っただけです。あのさ、もうちょっと自分の体調、健康のことをしっかり祈ろうよ! 健康で毎日元気でいることが、最低限の弟子としての先生に対する闘いだよ」と。

僕は“自分がいつも元気で、健康で、病気なく毎日広宣流布出来る様に”と祈ってる。僕が倒れたら誰が代わりに組織で広宣流布するのだ! 同時に役職のあるメンバーにも自覚を促したい。父親の件で病院に通う中で健康の大事さをひしひしと感じだ。


 でもねぇ、人間あまりに健康過ぎるとアホみたいだよな。持病の一つや二つ持っていた方が真面目に生きている感があるわな。

馬鹿は風邪引かない。きっとそうだと思う。きっと。
 
(そういえば、病院で若い看護士による高齢の患者へのタメ口、ありゃ、なんとかならんか?)

仏壇に向かう心


 「僕は書かないで祈るなんて出来ないよ」と先生は仰る。

書かないで頭の中でイメージして祈る、ということには疑問があるのだという。先生は手帳さえも仏壇に置く。手帳に書かれているスケジュールが問題なく進む様にだ。

時折、先生は「病気の人のリストを持ってきなさい」と仰る。
側近の方が持ってくる大量の病気の方の学会員のリストで、20センチ以上はある紙の束である。『組織名 名前 すい臓がん』という感じである。それを仏壇に置いて一枚一枚に全部に題目を送る。こんな宗教団体の指導者が世界中にいるだろうか。

仏間の窓のサッシに少しでも埃がついていれば大変であるらしい。仏壇の端にミリ単位のキズでもあったなら、前回はなかったことを覚えていて、その期間に誰がこの仏壇に触り、掃除等で移動したりしたかの報告書をすぐに書かせる様である。
「きっと良い水になっているよ」と題目をあげたあとの仏壇の御水を飲んだりもする。

仏壇、おしきみ、お供物、仏間そのもの・・・一切が信仰に向き合う上で妥協を許さないのである。仏壇に余計なものを置いていないか、仏壇の引き出しの中に関係のないものを入れていないか、おしきみの葉っぱ一つ一つのどれかに埃が被っていないか、お供物は腐らせていないか、きちんと自ら食しているか、等々、僕も厳しく先輩から教えられた。


 『仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり』(一生成仏抄)

である。ご本尊に向き合う様々な些細な所が大事で、その“心”が全て功徳善根となるのである。
その御文を引用して、我が組織の教学部長は「本当に心がこもって真剣に真面目に“仏”に向き合っているならば、正しい念仏宗というのも無くはないんだよ」と言う。これは根本的に信仰者としての姿勢のあり方である。宗教の正邪ではない。


 会合や衛星中継で会館に行く。個人宅もあるだろう。当然、会場にはご本尊(仏壇)がある。
以前、衛星中継に帽子を被ってきて、そのまま終了まで帽子を取らなかった部員に対して怒った幹部がいた。当然である。夏場に裸足(靴下無し)で会館に来る者さえもいる。知らない組織のメンバーだと「あーあ、マイナス2ポイント!!」と勝手に後ろから心の中で呟く。(笑)

ある地区部長のお宅に行くと、常に必ずお供物としてポテトチップスの袋だけが一つど~んと置いてある。記憶の限りだと、塩味、コンソメ、のり塩・・・という風に時折味が変わっている(笑) ポテトチップスの油分も“一念”に納まってしまっているのだろうか・・・当然、かなりお太りの方である、のは言うまでもない。別にお供物は何でもいいから構わないんだけど。

そういえば、たまに会合なんかで参加者全員に先生からお菓子の激励を頂く。スナック菓子である。
僕は訊いてみる。
「そのお菓子どうしているの?」
ある人は言う。
「すぐに食べちゃうわよ」
人によっては会館の帰り道で歩きながらボリボリ食べていたり、帰ってきてどこかに置いておいて気付いたら食べている。
帰ってすぐに仏壇に置いて最低限題目三唱はしたいものである。僕はそんな些細な所で師弟としてのその人の姿勢が出るものだと思う。

今回の内容に近い記事を以前に書いたが、「形式にこだわり過ぎ」とか「化儀にこだわり過ぎ」という意見もあった。しかし、御書にもあるが『随縁不変・一念寂照』である。不変(原理原則)と随縁(応用)のバランスである。そして両方に対する真剣な姿勢が大事だ。そのバランスと深度が若干ずれてしまっていると感じるのは僕だけだろうか。

 ここまで書いてみて、ふと疑問に思う。
何故、会館にある仏壇には毎日お供物がお供えしていないのだろうか? お水もあったっけ? 衛生上、管理上、費用面で何か問題があるのだろうか?

今度訊いてみよう、っと。

創価大学卒と、本部職員



(最近は、このブログでは珍しい更新ラッシュですなぁ。まあ、またしばらく放置かな。)


 以前の幾つかのコメントに、学会に対する疑問を挙げた際に自称“創大卒業生”という方がいたり、地方の本部職員の態度、姿勢、振る舞いに苦言を呈するものがあった。

 創価大学を卒業したことが信心や弟子という観点で何か“権威”を与えるものでは一切ないし、信心が立派であるという考え方も無い。コメントした人にとっては、自分が“創大卒業生”であるにも関わらずこんな疑問を持っているんですよ、と説得力を持たせたいのだろう。

入信した頃の職人肌の叩き上げの部長は「創大卒や創大の学生部から上がってきた男子部こそ気をつけろ」と言っていた。いささかひねくれてはいるが言いたい事は分からないでもない。「創大卒? それがどうした」である。
卒業生特有の「僕は創大卒です」という妙な自負と、その時点で信心が数段階クリアされているという勘違いがあるからだ。といっても近年はそういう人はあまりいない。問題なのは「へぇ、(あなた、彼、彼女は)創大卒なんだぁ」という周りの声である。創大は信心と弟子の養成機関ではない。教育機関としてはいたって優れた素晴らしい大学であることは間違いないし、フォローで書く訳じゃないけど、壮年部になったら創大の通信教育には行きたいと思っている。
男子部というのは、どこの大学出身なんか馬鹿臭くて気になんかしていない。信心において創大卒というのは、地球温暖化と僕のパソコンが最近調子悪い事位に因果関係は全く無いのだ(笑)


 さて、本部職員といっても様々である。地方の本部職員もいるし、信濃町近辺勤務の職員もいる。僕が接している本部職員は皆凄いと思う。脱帽である。尊敬している。
以前の財務の記事で、財務がどう使われ様とこちらがあれこれ詮索するのは傲慢である、という趣旨で、「本部職員の給料が風俗に使われたっていいじゃないか」と極論で書いたらそこそこ批判のコメントが来たが、僕が接している職員は給料をそもそもそんな事に使うなんて考えてないだろう、という意味である。

知っている職員は個人折伏もバンバンしているし、公私なく会員に尽くしてる。偉ぶったり傲慢さも無いし、どこか“すみません、本部職員させて頂いてます”という謙虚さがある。
むしろ可哀相になって“もっと遊べば”とこちらが言いたい所である。先生の側近の職員の激務ぶりは凄まじいし、信濃町界隈に(寮などに)住む職員は夜中にふらりと近所のコンビに行くだけでもスーツに着替えなくてはならない。分かりやすく言うと、誰もが先生より早くに仕事を始め、先生よりも遅くに仕事を終えている。

但し、職員故の悩みもあるだろう。外部に友人が少ない、とか、一般社会とは少しずれた感覚を持っている、とか。まあ、仕事柄しょうがないじゃないだろうか。
ある尊敬する職員は本部において仕事で要職についているが、自身の人材グループ(創価班や牙城会)の着任が職員としての仕事で厳しくなりそうだったので(先生との約束である着任を勝ち取る為に)辞表を提出して本部職員を辞める寸前までいった。ここまで覚悟を持って闘っているのだ。


先に書いた創大卒の考察と関係しているが、衛星中継で先生の後ろにいつもいる方々の中からは「創大の新卒の本部職員採用はやめた方がいいのではないか」という声が具体的に出てきているらしい。僕がこうして書いてきたことはあながち的外れではないのかもしれない。


 地方の本部職員のことは分からないが、単純にもしかしたら信濃町からの距離に反比例した何かがあるのかもしれない。
信心の姿勢や闘いの中身を見ずに、創大卒や本部職員という経歴と肩書きだけに無条件でふれ伏してしまう会員側にも責任はあるだろう。
仮に僕がそう言う所に引越しして傲慢な本部職員がいたら、相手が男子部であろうと壮年であろうと婦人部であろうと直接バンバン言うだろうし、中央の幹部に電話してチクっちゃうだろうな(笑) まあすぐに組織から干されるだろうけどさ。あはは。


 本部職員と一般会員の関係は公務員と国民の関係と同じだと思ったら大間違いである。
「私達の財務で食べているのに・・・」と思うのは自由であるが、仕事として割り切らなくては普通は出来ないだろうし、ボーナスは無条件で財務だし、海外旅行は新婚旅行以外行けないし、職員というだけで一般会員から常に信心をチェック(監視)されている立場も辛いと思うよ、ホント。色々言うなら一度やってみたらいい。僕には絶対出来ないね。

まずは環境を変える。


 前回の記事とそのコメント欄とリンクしている話である。

 数年前のことである。ある本部職員のB君が昼休みにテレビを見ていた。ある皇室の女性が長い間病気で、地方の○○にある保養所(静養所?)に行って病気を治す、というものだった。本来いるべきの東京の中心にある○○ではままならないので、その保養所に行って環境を変えて治療を開始した、というニュースだった。
B君はテレビを見ながらブチブチと文句を一人で言う。

環境を変えればいいってものじゃないんじゃない? 税金の無駄使いだよ、全く!」

それを後ろで見ていた(当時の)副会長がB君の頭をポカッと叩いて怒って言う。
「君は仏法を何も分かってないな」

仏法の言葉で「依正不二」と言う言葉がある。「正」とは生命それ自体。つまり自分自身であり、心である。「依」とは自分を取り巻く自然世界や環境。「依」と「正」は別々のように見えて実際は「不二」、切り離すことのできない存在であるということである。

しかし、『正法(心)・即・依法(環境)』ではないのだ。

『今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり』 (御義口伝)という御文がある。

この御文が時折、「今いる場所で勝て!」と解釈される。あるいは、仕事でも家庭でも組織でも辛く大変な状況でも辛抱して耐えろ! という趣旨に恣意的に利用されてしまう。間違いである。


B君はニュースを見て、皇室のその女性が病気を治すために、治すという心の一念から逃げて環境を変えて治そうとした、と解釈して怒る。しかし副会長は言う。
「まずはとりあえず環境を変えてみるのも大事なんだよ」

 例えば、男子部だったら仕事が酷く辛い、人間関係に苦しんでいる。そういう時に「これは君が成長するために必要な環境なんだよ。 “今いる場所で勝とう”」と指導をする。あるいは、「今の環境は全部自分が作り出したものなんだよ」と諌めて終わりではいけない。
それが最終的には、安に転職してはならない、という形骸化された指導になる。何がなんでも今いる場所にしがみついていけ!と、大聖人はそんな鬼の様な厳しい方ではない。

離婚した方が幸せになる人もいる。会社を辞めた(転職した)方が幸せになる人もいる。
『南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり』とは、題目を上げて自分で決めた想い(決断)と環境を変えてみた自分をトータルとして「依正不二」の「正」なのだ。それが離婚や転職や引越しという決断と行動(環境の変化)であってもだ。

「心が変われば環境も変わる」と「環境が変われば心も変わる」・・・だいたい重要度は7:3位ですかね? とB君は最近言う。
間違えてはいけないのは、逃げの心ではダメだし、題目無しの短絡的な環境の変化では絶対にいけない。題目を上げ、自身の成長と幸福の為にまずは環境を変えるのが大事だと思ったら環境を変えてみなければいけない。それ(環境)によって自身(心)が変わった例は幾らでもあるし、誰も否定しないだろう。

 
「ただですね・・・」とB君は言う。
環境をまずは変えてみよう・・そういう指導を新聞なり何かで活字にするには非常に危険が伴う訳です。個々に拡大解釈されて、あちこちで会社をすぐに辞めてしまったり、こんな生活嫌だと離婚したり、こんな組織は嫌だ、と引越されたら問題ですから・・・その指導通りにやって後でおかしくなって『どうしてくれるんだ』と文句があって組織が責任を取らなくてはならない問題になりかねませんので」

「依正不二」は単に「正」→「依」ではなく、「不二」なので相互に作用しているのである。


 前記事の中で幹部のA君が会合の大幅の削減を英断した。
まずは(活動のあり方と会合の削減という)「依」、つまり環境を先に変えてみる、という所から会員の「正」(心)を変えよう、という方法を取ったのも間違いではない。

組織や幹部や闘い方に疑問を持った場合に、それも全て信心で捉えて耐え忍んでいくよりも、環境を変えようと題目を唱えた上で会員が幹部なり組織に対してしっかりとした改善策を訴えていくのは実は大切なのである。

”その後”の信心


 こういう観念論的に書くと怒られそうだが・・・僕自身の経験と、僕が見てきた数多くの部員さんの事で言うと、信心で何かを掴む(手に入れる)というのはそれ程難しい事ではなく、それを手放さず持続して自分の生命、生活、環境にしっかりと長い間染み込ませる事の方がよっぽど難しい、のではないか。

恋人が欲しい、就職したい、給料が上がりたい・・・車が欲しい、環境を変えたい、人間関係を改善したい、病気を克服したい云々、“こうしたい”、“こうなりたい”というのはきちんと理に叶った祈りをして、理に叶った行動をすればそれ程難しい事ではない。僕はそれを勝手に“瞬発的握力”と呼ぶ。空中に飛んでいるハエをパッと捕まえる様なものだ。

それに反して“持続的握力”とは、掴んだ物を離さない握力の事だ。就職したり、給料が上がっても会社が潰れる。または思う様に実証を示せない。病気が再発する。恋人に振られる。人間関係を克服してもまた悩む。環境を変えたつもりでもじわじわと後退している。別に信心をしていてもいなくても人生なんてそもそもそんなものだ。

つまり僕らは何かを獲得しても握った拳の指の隙間から少しずつ、まるで砂の様にサラサラと気付かない間に零れ落としてしまっているのだ。


信心における瞬発的握力は確かに確信を生むだろう。しかし、しばらくすると(時として)握っていた拳の中には何も無い事に気づく。やがて不信が生み、組織から離れる。何かを獲得した過去の事実(病気を治したり、就職したり、という確信)さえも過去に起きた幻想の様に感じる。そんな事もあったねぇ~、という風に。

むしろ大事なのは、“初め、ではなく、その後”なのだ。御書にもあるが、『月月日日につより給へ』であり、『今一重・強盛に御志あるべし』なのだ。
婦人部が強いのも家庭という枠組(家族の健康と和楽)をしっかり守っていく、という一念があるからだと思う。


 昔、イーブル・ニーブルという有名なアメリカ人のスタントマンがいた。いささかキチガイじみたチャレンジをして世間をあっと言わせて有名だったが、ある時、オートバイでグランドキャニオンを飛び越える、というチャレンジをしたのだ。
事前に用意した滑走路に全速で駆け上り、グランドキャニオンをぴょ~んと飛び越えちゃうのである。このチャレンジに成功した後の彼の言葉である。

『ジャンプすること自体は別に難しくはありません。難しい部分は、着地をしようとするところから始まります』

非常に哲学的な言葉だ。
大事なのはグランドキャニオンを飛び越えることではない。本当の事を言えば、飛び越える事がある程度出来るからチャレンジするのだろう。問題なのは着地なのだ。着地に失敗すれば大怪我をするか、あるいは死んでしまうだろう。
彼は跳ぶ前から“その後”のことを念頭に置いているのだ。無事に怪我なく成功して、これからも続く新たな“チャレンジ”のことを。

 僕らは何かを達成し、獲得する事だけを目的としていないだろうか? “その後”にそれらを生かして決して手放したりせず、持続して新たな目標の為に走り続ける事が出来るだろうか? パッチワークな信心をしていることもあるのだ。

(信心においても)“飛び越えた!!”と歓喜して、着地に失敗して大怪我をし、二度とチャレンジをする意欲を失ってしまった人がどれだけ多い事か。
ジャンプして奈落の底に落ちることはない。どんなに突拍子もない祈りをしても、祈りが定まった時点で飛び越えることが出来るのは決まっているのだ。あるいは、絶対叶わない祈りなんてない、と同時に、叶わない祈りなんて人間はそもそもしていないのだから。(なんか聖書みたいだな)

 大切なのは、叶った後である。
火の信心と水の信心・・・と言えるが、時として、火の信心によって淀み浅くなってしまったバクテリアだらけの濁った川の水を煮沸消毒するのもいいかもしれないね。但し、水が蒸発して干上がらない程度にね。

心の財

 『蔵の財(たから)よりも身の財すぐれたり。身の財よりも心の財第一なり。』

 有名過ぎる御文である。簡単に言って、お金よりも健康、健康よりも心の豊かさが大事である、ということである。学会員だったら「そうだ、その通りだ」と無条件で肯くだろう。

しかし・・・ともう一度考えてみる。
僕らが日常見聞きする体験発表は、蔵の財と身の財についてのものが殆ではないだろうか? 癌が治りました。病気を克服しました。貧乏のどん底から今では立派な拠点を構える位の境涯になりました。云々。
実際に「心の財」のみについての体験がフューチャーされたことはあまりないのではないか。確かにそうである。御文と矛盾するとまで行かなくても・・・僕らは黙り込んでしまう。では、心の財のみについての体験とはどういうものだろう。


 先生が最近海外の新聞に寄稿した記事でこう書いている。

『過去に幸福はありません。・・・・・・』

うん、確かにその通りである。過ぎ去った幸福が現在も自分を幸せにしている訳がない。そして、続きの文章に僕らは驚く。

『未来にも幸福はありません』

「えっ?」と思わず戸惑ってしまう。・・・未来に幸福はない?
僕らは未来の幸福の為にも祈り、動いている。それを目指して。しかし、それは決して確実ではない。そう願いたいけれどね。

つまり『今』が大事なのである。今幸福なのかどうか、現在の自分がどうなのか。そして未来とは現在の連続の結果なのだ。今の幸福とは・・・それこそ『心の財』である。心がどこに定まっているか。心の中心に何があるのか。その一念の大事さを教えてくれているのではないか。
日々祈り、日々学会活動している自分の心の出発点を逐一確認しなければいけない。こなしているだけかもしれない。会合に足を運んでいるだけかもしれない。義務感が虚無感を生み、惰性が堕落を生んでいるかもしれない。

心の財とは・・・悩みや不安や辛い環境、どんな苦しい中にあっても前向きに挑戦し、努力しているその心そのものである。悲観とため息と絶望を吹き飛ばしてなんとか前に踏み出そうと決意し、題目を上げ、行動しているその心自体が心の財である。淡々と行っている学会活動の底辺に先生の為、部員さんの幸福の為、があるのか。その動機を日々見つめなければならない。


学会に入る前に外部の誰かに言われた言葉が印象的だった。

『出発の決意、すでに勝利』

それが数年経って偶然にも仏法の『因果倶時』と同じだったと気付いた。

まずは、題目を唱え九界を整えなくてはいけばい。
ビリヤードを想像して欲しい。白玉(仏界)とその他9子の玉(九界)がバラバラにビリヤード上に乱雑に散らばっている。これが無明であり、迷いであり、消極的な弱い心である。題目を上げると白玉と9個の玉が(白玉を先頭にして)綺麗に整列するのである。だんご10兄弟みたいなものである。そしてその整列した玉の方向がしっかりと師匠に向かっているのか、である。
万物にも十界がある。だから先生はどんなものにも題目を唱える。また、友人のこと、折伏したい誰かのことを祈るのも相手の九界を整える為でもある。整列した十界に迷いはない。決意した通りに真っ直ぐに進んでいける。バラバラだったらあちこちに引っ張られてしまうからだ。題目を唱え、生命(いのち)を整え、決意し、進んでいく。その心こそ大事なのである。


 入信して先輩に教えられて初めて罫線を引いた御書である。

『但偏(ただひとえに)に思い切るべし・・・・・・』(1451頁10行~13行) 

(ただ偏に思い切りやるべきである。この乱世の世の中にあってあなたがこうして生きながらえたのは法華経に出会う為である。今まさに名を上げるか下げるか決戦(勝負)の時である。そもそも人間に生まれることも法華経を信じることも難しいのだ。だから、諸天よ! わが身の入り、助けたまえ! と祈っていくべきである。)


 『青年勝利の年』、そしてこの大不況の中で社会で実証と弟子として先生に結果でお応えする、その大勝負にただ偏に思い切り勇気を持って戦うだけである。

恋愛と信仰①

(胸を張って言える体験ではないかもしれないが、ささやかな体験である。最後まで読んで頂ければ分かるが、こういうことは本来書くべきじゃないかもしれないね。)


 少しだけ時間が経ってしまったが、先月に鎌倉にふらりと遊びに行ってきた。

ふと心に穴が空いてしまった時には何故か思い立った様に鎌倉に向かう。疲れた時、どこか物悲しい時、心の底に溜まった“澱”みたいなものを洗い流す時にだ。僕のささやかな人生の中ではいつからかシンボリックな場所となっていたのだ。お寺に興味があるのではない。歴史の流れを感じ、山々の自然に囲まれ、そして何より海があるからだ。大好きな場所だ。

高校生の時からガールフレンドともよく鎌倉に遊びに行った。
15歳の時の僕が由比ガ浜でガールフレンドと手を繋いでいる。17歳の僕がガールフレンドと北鎌倉の駅で踏み切りを待っている。20歳の僕は鎌倉の大仏を前に照れくさそうにガールフレンドの放ったシャッターにはにかんでいる。23歳の僕は源氏山の上で街並みを見下ろしながらガールフレンドととても味の薄い彼女の作ったお弁当を食べている・・・・・・しかし、数限りなく鎌倉を訪れた無数の記憶の光彩は次第に弱まり、僕の中から零れ落ちる様に消え去っていった。思う出そうとしても思い出せることは限られてくるものだ。それが歳を取るという事なのだろう。


 27歳の時にその当時のガールフレンドと記念に鎌倉に行った。どこを巡ったかは覚えていないが、僕らはとても静かだった。会話は途切れ途切れだった。まるで壊れた無線で話しているみたいだった。そして、日が暮れた北鎌倉の閑散とした帰りのプラットホームで僕らは言葉に出さずに別れることを決めた。僕らはお互いに最初から記念の為に鎌倉に行こうと考えていたのだ。そう、最後の記念として。最後の。彼女との最初のデートも鎌倉だった。

それから付き合うガールフレンドとは鎌倉には行くことはなかった。それが僕にとって正しいことなのだといつからか思う様になった。あるいは一つの生き方の変更を余儀なくされたのだと思う。

最後の記念に鎌倉に行ったそのガールフレンドとは24歳の時に高校の同窓会で卒業ぶりに再会してすぐに付き合った。
当時の仕事の定時が夜中の12時終了だったので悩み、時間革命をしたいと祈っていた。学会活動したいからだ。同時に前の彼女と別れて数ヶ月経っていたので彼女が欲しいとも祈っていた。それで父親を折伏して入会させた翌日に出社すると、社長から電話があり「明日からは会社の定時を夜9時までとする」と言われた。会社が出来て10年以上続いた会社の慣習が一夜にして変わったのだ。更にその翌日には同窓会があったが、夜中12までの仕事だから「行けない」と事前に断っていた。しかし終業時間が変わったせいで同窓会も2次会から参加出来たのだ。高校時代に一言もしゃべらなかったその子と何故か意気投合し、一週間後に付き合い始めた。父親を折伏した後一週間程で「時間革命」と「彼女が欲しい」は叶ってしまった。

実は、その彼女(Aさん)のことを何年も密かに好きだったB君がいた。B君とは僕も仲がよかったが、B君が彼女を好きだなんて当時は考えもつかなかった。しかし思い起こせば、B君に「彼女だよ」と言って紹介したAさんを見つめる彼の表情は忘れられない。しばらくして僕はB君を折伏した。僕は自慢気に体験を語った。時間革命と彼女が出来た功徳のことを。彼が彼女を好きだったことなんて一切知らずに。

それから数年して27歳の時の最後の記念の鎌倉で僕らは別れ、しばらくしてから彼女はB君と付き合い始めた。当然、僕に内緒で。彼は虎視眈々と狙っていたのだ。

ある時電話が彼からあった。「ちょっと話があるんだ」
飲み屋で様々な世間話に花を咲かせた後に彼は最後にこう言った。
「実は、初めて言うんだけど、○○(僕のこと)とAが別れてしばらくしてからAと付き合い始めたんだ。でさ・・・・・・結婚が決まったんだ」
僕は驚き、「おめでとう」と一拍置いてからなんとか喜んで言った。
最後の最後に彼は突然一言だけこう僕に言い放った。会話とは何も脈絡もなかった。

「そうそう、明日、Aと鎌倉行くんだよね」

僕が入会させても実家の都合でご本尊をお巻きした状態だった彼をなんとかしようとそれまで努力していた。しかし、逆に彼は心底僕を恨んでいたのだ。長い間好きだった女性が、6年ぶりに再会した友人である僕と突然付き合い始めたことに。そしてそれを自慢気に信心に絡めて語る僕のことを。だから彼は決定的な一撃を持ってそれまでの恨みと憎しみを爆発させる様に僕を完膚なきまでに打ちのめしたかったのだ。積年の想いを晴らす為に。

「そうそう、明日、Aと鎌倉行くんだよね」という一言をもって。

彼女から僕とのことを聞いていたんだと思う。僕と彼女がよく鎌倉に行ったことを。だから彼は、彼女の記憶の中の僕との鎌倉を自分との鎌倉に塗り替えたかったのだ。彼はこう思っていたのだろう。

”結局は俺はオマエに勝ったんだ。Aを俺は最後に獲得したんだ”と

彼女が彼と結婚することは当然嬉しいことだった。しかし、僕は彼のその一言によって決定的に何かを損なってしまった。それは人間の怖さであり、言葉の怖さと恐ろしさだった。人間の放つ言葉が誰かを殺すことを知った。あの時以来僕の中の何かが死んでしまったのだ。深く傷つき、深い深い井戸の中に突き落とされたみたいだった。大きく自分が変貌してしまったと感じる。

②へ続く。

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かいつぶり

Author:かいつぶり
職業 マスコミ

趣味 読書、楽器、小説を書く、料理、音楽

好きな食べ物・・・スイーツと酸味の少ないコーヒー、美味しいフランス料理と美味しいワイン。それさえあれば至福の時

好きな音楽 70年代のソウルミュージック。80年代前半の西海岸サウンド。あとジャズや、山下達郎周辺

好きな作家 ドストエフスキー、カポーティ、アーヴィング、ヴォネガット 

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